は又思い出したように動きはじめる。こんな生鈍い汽車でよく戦争が出来たものだと云う人もある。なにか故障が出来たのだろうと弁護する人もある。戦争中にあまり激しく使われたので、汽車も疲れたのだろうと云う人もある。午前十一時までに目的地のランスに到着する筈の列車が二時間も延着して、午後一時を過ぎる頃にようようその停車場にゆき着いたので、待兼ねていた人々は一度にどやどやと降りてゆく。よく見ると、女は四五人、ほかはみな男ばかりで、いずれも他国の人達であろう、クックの案中者[#「案中者」はママ]二人はすべて英語を用いていた。
大きい栗の下をくぐって停車場を出て、一町ほども白い土の上をたどってゆくと、レストランコスモスという新しい料理店のまえに出た。仮普請同様の新築で、裏手の方ではまだ職人が忙がしそうに働いている。一行はここの二階へ案内されて、思い思いにテーブルに着くと、すぐに午餐の皿を運んで来た。空腹のせいか、料理はまずくない。片端から胃の腑へ送り込んで、ミネラルウォーターを飲んでいると、自動車の用意が出来たと知らせてくる。又どやどやと二階を降ると、特別に註文したらしい人達は普通の自動車に二三人ずつ乗込む。われわれ十五六人は大きい自動車へ一緒に詰め込まれて、ほこりの多い町を通りぬけてゆく。案内者は自動車の真先に乗っていて、時々に起立して説明する。
ランスという町に就いて、私はなんの知識も有たない。今度の戦争で、一度は敵に占領されたのを、更に仏蘭西の軍隊が回復したということの外には、なにも知らない。したがって、その破壊以前のおもかげを忍ぶことは出来ないが、今見るところでは可なりに美しい繁華な市街であったらしい。それを先ず敵の砲撃で破壊された。味方も退却の際には必要に応じて破壊したに相違ない。そうして、一旦敵に占領された。それを取返そうとして、味方が再び砲撃した。敵が退却の際に又破壊した。こういう事情で、幾たびかの破壊を繰返されたランスの町は禍である。市街は殆ど全滅と云ってもよい。ただ僅かに大通りに面した一部分が疎らに生き残っているばかりで、その他の建物は片端から破壊されてしまった。大火事か大地震のあとでも恐らく斯うはなるまい、大火事ならば寧ろ綺麗に灰にしてしまうかも知れない。滅茶苦茶に叩き毀された無残の形骸をなまじいに留めているだけに痛々しい。無論砲火に焼かれた場所もあるに相違ないが、なぜその火が更に大きく燃え拡がって、不幸な町の亡骸を火葬にしてしまわなかったか。形見こそ今は仇なれ、ランスの町の人達もおそらく私と同感であろうと思われる。勿論、町民の大部分はどこへか立退いてしまって、破壊された亡骸の跡始末をする者もないらしい。跡始末には巨額の費用を要する仕事であるから、去年の休戦以来半年以上の時間をあだに過して、いたずらに雨や風や日光の下にその惨状を晒しているのであろう。敵国から償金をうけ取って一生懸命に仕事を急いでも、その回復は容易であるまい。
地理を知らない私は――些とぐらい知っていても、この場合には到底見当は付くまいと思われるが――自動車の行くままに運ばれて行くばかりで、どこが何うなったのか些とも判らないが、ヴェスルとか、アシドリュウとか、アノウとか云う町々が、その惨状を最も多く描き出しているらしく見えた。大抵の家は四方の隅々だけを残して、建物全部がくずれ落ちている。なかには傾きかかったままで、破れた壁が辛くも支えられているのもある。家の大部分が黒く焦げながら、不思議にその看板だけが綺麗に焼け残っているのは、却って悲しい思いを誘い出された。ここらには人も見えない、犬も見えない。骸骨のように白っぽい破壊のあとが真昼の日の下にいよいよ白く横わっているばかりである。この頽れた建物の下には、おじいさんが先祖伝来と誇っていた古い掛時計も埋められているかも知れない。若い娘の美しい嫁入衣裳も埋められているかも知れない。子供が大切にしていた可愛らしい人形も埋められているかも知れない。それらに魂はありながら、みんな声さえも立てないで、静かに救い出される日を待っているかも知れない。
乗合の人達も黙っている。わたしも黙っている。案内者はもう馴れ切ったような口調で高々と説明しながら行く。幌のない自動車の上には暑い日が一面に照りつけて、眉のあたりに汗が滲んでくる。死んだ町には風すらも死んでいると見えて、きょうはそより[#「そより」に傍点]とも吹かない。散らばっている石や煉瓦を避けながら、狭い路を走ってゆく自動車の前後には白い砂烟が舞いあがるので、どの人の帽子も肩のあたりも白く塗られてしまった。
市役所も劇場もその前づらだけを残して、内部はことごとく頽れ落ちている。大きい寺も伽藍堂になってしまって、正面の塔に据え付けてあるクリストの像が欠けて傾いている。こ
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