ないが、なぜその火が更に大きく燃え拡がって、不幸な町の亡骸を火葬にしてしまわなかったか。形見こそ今は仇なれ、ランスの町の人達もおそらく私と同感であろうと思われる。勿論、町民の大部分はどこへか立退いてしまって、破壊された亡骸の跡始末をする者もないらしい。跡始末には巨額の費用を要する仕事であるから、去年の休戦以来半年以上の時間をあだに過して、いたずらに雨や風や日光の下にその惨状を晒しているのであろう。敵国から償金をうけ取って一生懸命に仕事を急いでも、その回復は容易であるまい。
地理を知らない私は――些とぐらい知っていても、この場合には到底見当は付くまいと思われるが――自動車の行くままに運ばれて行くばかりで、どこが何うなったのか些とも判らないが、ヴェスルとか、アシドリュウとか、アノウとか云う町々が、その惨状を最も多く描き出しているらしく見えた。大抵の家は四方の隅々だけを残して、建物全部がくずれ落ちている。なかには傾きかかったままで、破れた壁が辛くも支えられているのもある。家の大部分が黒く焦げながら、不思議にその看板だけが綺麗に焼け残っているのは、却って悲しい思いを誘い出された。ここらには人も見えない、犬も見えない。骸骨のように白っぽい破壊のあとが真昼の日の下にいよいよ白く横わっているばかりである。この頽れた建物の下には、おじいさんが先祖伝来と誇っていた古い掛時計も埋められているかも知れない。若い娘の美しい嫁入衣裳も埋められているかも知れない。子供が大切にしていた可愛らしい人形も埋められているかも知れない。それらに魂はありながら、みんな声さえも立てないで、静かに救い出される日を待っているかも知れない。
乗合の人達も黙っている。わたしも黙っている。案内者はもう馴れ切ったような口調で高々と説明しながら行く。幌のない自動車の上には暑い日が一面に照りつけて、眉のあたりに汗が滲んでくる。死んだ町には風すらも死んでいると見えて、きょうはそより[#「そより」に傍点]とも吹かない。散らばっている石や煉瓦を避けながら、狭い路を走ってゆく自動車の前後には白い砂烟が舞いあがるので、どの人の帽子も肩のあたりも白く塗られてしまった。
市役所も劇場もその前づらだけを残して、内部はことごとく頽れ落ちている。大きい寺も伽藍堂になってしまって、正面の塔に据え付けてあるクリストの像が欠けて傾いている。こ
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