。それが白人の女をかかえて歩くのですから、とても舞台で稼ぐだけでは足りるはずがありません。一座の者にはもちろん、世間にもだんだんに不義理の借金もかさんで来て、もう二進《にっち》も三進《さっち》も行かなくなったんです。」
言いかけて、早瀬君は突然に僕に訊いた。
「あなたはこのシンガポールの歴史をご存じですか。」
僕もあまりくわしいことは知らない。しかしこの土地はその昔、原住民の酋長《しゅうちょう》によって支配せられ、シナの明朝《みんちょう》に封ぜられて王となって、爾来《じらい》引きつづいて燕京《えんけい》に入貢《にゅうこう》していたが、のちにシャムに併合せられた。それをまた、原住民の柔仏族《じゅうぶつぞく》の酋長が回復して、しばらくこの柔仏族によって統治されているうちに、千八百十九年に英国東印度会社から派遣されたトーマス・スタムフォード・ラッフルスがここを将来有望の地と認めて、柔仏の王と約束して一時金六十万弗と別に年金二万四千弗ずつを納めることにして、遂に英国の国旗のもとに置いたのである。これだけのことは郵船会社の案内記にも書いてあるので、僕はその受け売りをして聞かせると、早瀬君はう
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