見送った。建具屋のおじいさんと徳さんとは人力車のあとに付いて行った。
「妹も長々御厄介になりました。」
巣鴨から帰って来て、徳さんは近所へ一々挨拶にまわった。そうして、その晩のうちに世帯《しょたい》をたたんで、元の貸本屋の上田屋の二階に同居した。そのあとへは更に手入れをして質屋の隠居さんが越して来た。近所ではあるが町内が違うので、わたしはその後、徳さんの姿を見かけることは殆んどなかった。
それから又二年過ぎた。そうして、柚湯の日に徳さんの死を突然きいたのである。徳さんの末路は悲惨であった。しかし徳さんもお玉さんもあくまで周囲の人間を土百姓と罵って、自分達だけがほんとうの江戸っ子であると誇りつつ、長い一生を強情に押して行ったかと思うと、単に悲惨というよりも、むしろ悲壮の感がないでもない。
そのあくる日の午後に、わたしは再び建具屋のおじいさんに湯屋で逢った。おじいさんは徳さんの葬式から今帰ったところだと言った。
「徳の野郎、あいつは不思議な奴ですよ。なんだか貧乏しているようでしたけれど、いよいよ死んでからその葛籠《つづら》をあらためると、小新しい双子《ふたこ》の綿入れが三枚と羽織が
前へ
次へ
全29ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング