「夜啼石伝説とかいうのがあるというじゃないか。ここらのもそれから考え付いたのだろうよ。」
 僕の兄弟だけに、兄もこんな問題には全然無趣味であるらしく、話はそれぎりで消えてしまった。しかしその日は雨もやんで、午頃《ひるごろ》からは青い空の色がところどころに洩れて来たので、僕は午後からふらりと家《うち》を出た。ゆうべはかの法事で、夜のふけるまで働かされたのと、いくら無頓着の僕でも幾分か気疲れがしたのとで、なんだか頭が少し重いように思われたので、なんというあてもなしに雨あがりの路をあるくことになったのだ。僕の郷里は田舎にしては珍しく路のいいところだ。まあ、その位がせめてもの取得《とりえ》だろう。
 すこし月並《つきなみ》になるが、子供のときに遊んだことのある森や流れや、そういう昔なじみの風景に接すると、さすがの僕も多少の思い出がないでもない。僕の卒業した小学校がいつの間にか建て換えられて、よほど立派な建物になっているのも眼についた。町の方へ行こうか、岡の方へ行こうかと、途中で立ちどまって思案しているうちに、ふと思いついたのは、かの小袋ヶ岡の一件だ。そこがどんな所であるかは勿論知っているが、近
前へ 次へ
全24ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング