いた者の話では、人でなく、鳥でなく、虫でなく、どうも獣《けもの》の声らしく、その調子は、あまり高くない。なんだか池の底でむせび泣くような悲しい声で、それを聞くと一種|悽愴《せいそう》の感をおぼえるそうだ。小袋ヶ岡の一件というのは大体まずこういうわけで、それがここら一円の問題となっているのだ。
「どうです。あなたにも判りませんか。」と、井沢は僕に訊《き》いた。
「わかりませんな。ただ不思議というばかりです。」
 僕はこう簡単に答えて逃げてしまった。実際、僕はこういう問題に対して余り興味を持っていないので、それ以上、深く探索したりする気にもなれなかったのだ。

     二

 あくる日、なにかの話のついでに兄にもその一件を訊《き》いてみると、兄は無頓着らしく笑っていた。
「おれはよく知らないが、何かそんなことをいって騒いでいるようだよ。はじめは蛇か蛙のたぐいだといい、次には梟か何かだろうといい、のちには獣だろうといい、何がなんだか見当は付かないらしい。またこの頃では石が啼くのだろうと言い出した者もある。」
「ははあ、夜啼石《よなきいし》ですね。」
「そうだ、そうだ。」と、兄はまた笑った。
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