もこのあいだからそんな話を聞いているが、ほんとうかしら。」
「ほんとうだそうですよ。」と、またその隣りにいる四十ぐらいの男が言った。「現にその啼声《なきごえ》を聞いたという者が幾人もありますからね。」
「蛙じゃないのかね。」と、山木は言った。「あの辺には大きい蛙がたくさんいるから。」
「いや、その蛙はこの頃ちっとも鳴かなくなったそうですよ。」と、第三の男は説明した。「そうして、妙な啼声がきこえる。新聞にも出ているから嘘じゃないでしょう。」
こんな対話が耳にはいったので、接待に出ている僕も口を出した。
「それは何ですか、どういう事件なのですか。」
「いや、東京の人に話すと笑われるかも知れない。」と、山木はさかずきをおいて、自分がまず笑い出した。
山木はまだ半信半疑であるらしいが、第三の男――僕はもうその人の顔を忘れていたが、あとで聞くと、それは町で糸屋をしている成田という人であった――は、大いにそれを信じているらしい。彼はいわゆる東京の人に対して、雄弁にそれを説明した。
この村はずれに小袋ヶ岡というのがある。僕は故郷の歴史をよく知らないが、かの元亀《げんき》天正《てんしょう》の時代
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