て木の枝を打つのであると源兵衛は説明したが、女房は承知しなかった。髑髏が我れわれの不幸を嘲り笑うのであると、かれは一途《いちず》に信じていた。黒ん坊の髑髏が何かの祟りでもするかのように、土地の人たちも言い囃《はや》した。
 実際、髑髏はその秋から冬にかけて、さらに来年の春かち夏にかけて、夜ごとに怪しい笑い声をつづけていた。それに悩まされて、お兼はおちおち眠られなかった。不眠と不安とが長くつづいて、かれは半気違いのようになってしまったので、源兵衛も内々注意していると、七月の盂蘭盆前、あたかもお杉が一周忌の当日に、かれは激しく狂い出した。
「黒ん坊。娘のかたきを取ってやるから、覚えていろ。」
 お兼は大きい斧を持って表へ飛び出した。それはさきに源兵衛が黒ん坊を虐殺した斧であった。
「まあ、待て。どこへ行く。」
 源兵衛はおどろいて引留めようとすると、お兼は鬼女のように哮《たけ》って、自分の夫に打ってかかった。
「この黒ん坊め。」
 大きい斧を真っこうに振りかざして来たので、源兵衛もうろたえて逃げまわった。
 その隙をみて、かれは斧をかかえたままで、身を逆さまに谷底へ跳り込んだ。半狂乱の母は
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