うよう振り放して逃げかかると、彼は這いまわりながら又追おうとするので、源兵衛も焦《じ》れてあせって滅多《めった》打ちに打ちつづけると、かれは更に腕を斬られ、足を打落されて、ただものすごい末期《まつご》の唸《うな》り声を上げるばかりであった。
「これだから畜生は油断がならねえ。」と、源兵衛は息をはずませながら罵《ののし》った。
「お杉をさらって行って、どうするつもりなんだろうねえ。」と、お兼は不思議そうに言った。
 その一|刹那《せつな》に謎は解けた。
 黒ん坊が娘を奪って行こうとするのは、あながちに不思議とはいえないのである。夫婦はだまって顔をみあわせた。
「おっ母さん。怖いねえ。」と、お杉は母に取りすがってふるえ出した。
 あたかもそこへ杣仲間が二人来あわせたので、源兵衛はかれらに手伝ってもらって、黒ん坊の始末をすることになった。
 彼はまだ死に切れずに唸っているので、源兵衛は研《と》ぎすました山刀を持って来てその喉笛を刺し、胸を突き透した。こうして息の絶えたのを見とどけて、三人は怪物の死骸を表へ引摺り出した。
「谷へほうり込んでしまえ。」
 前には何十丈の深い谷があるので、死骸はそ
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