肌目《きめ》が美しい。そのなかでもお杉は目立つような雪の肌を持っているのが、年頃になるにつれて諸人の注意をひいた。親たちもそれを自慢していると、お杉が十七の春に縁談を持ち込む者があって、松田の村から婿をもらうことになった。婿はここらでも旧家と呼ばれる家の次男で、家柄も身代も格外に相違するのであるが、お杉の容貌《きりょう》を望んで婿に来たいというのである。もちろん相当の金や畑地も持参するという条件付きであるから、源兵衛夫婦は喜んで承知した。お杉にも異存はなかった。
こうして、結納の取交しも済んだ三月なかばの或る日の夕暮れである。春といっても、ここらにはまだ雪が残っている。その寒い夕風に吹かれながら、お杉は裏手の筧《かけい》の水を汲んでいると、突然にかの黒ん坊があらわれた。彼は無言でお杉の手をひいて行こうとするのであった。
「あれ、なにをするんだよ。」と、お杉はその手を振り払った。
多年馴れているので、彼女《かれ》は別にこの怪物を恐れてもいなかったが、きょうはその様子がふだんと変っているのに気がついた。彼は一種兇暴の相《そう》をあらわして、その目は野獣の本性を露出したように凄まじく輝い
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