ものだろうな。」
 老人は相談するように周囲の人々をみかえった。
 人々も目を見合せて返答に躊躇しているらしかったが、叔父が繰返してせがむので、結局この人はすでにあの声を聞いたのであるから、その疑いを解くために話して聞かせてもよかろうということになって、老人は南向きの縁に腰をかけると、女たちは聞くを厭《いと》うように立去ってしまって、男ばかりがあとに残った。
「お前はここらに黒ん坊という物の棲んでいることを知っているかな。」と、老人は言った。
「知りません。」
「その黒ん坊が話の種だ。」
 老人はしずかに話し始めた。
 ここらの山奥には昔から黒ん坊というものが棲んでいる。それは人でもなく、猿でもなく、からだに薄黒い毛が一面に生えているので、俗に黒ん坊と呼び慣わしているのであって、まずは人間と猿との合の子ともいうべき怪物である。しかもこの怪物は人間に対して危害を加えたという噂を聞かない。ただ時どきに山中の杣《そま》小屋などへ姿をあらわして、弁当の食い残りなどを貰って行くのである。時には人家のあるところへも出て来て、何かの食いものを貰って行くこともある。別に悪い事をするというわけでもないの
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