に出逢ったというような話は、昔からしばしば伝えられているが、ここにも何かそんな秘密がひそんでいるのではあるまいか。
 そう思えば、あるじの僧は見るところ柔和《にゅうわ》で賢《さか》しげであるが、その青ざめた顔になんとなく一種の暗い影をおびているようにも見られる。自分が一宿《いっしゅく》を頼んだときにも、彼は初めの親切にひきかえてすこぶる迷惑そうな顔をみせた。それにも何かの子細がありそうである。叔父は眠った振りをしながら、時どきに薄く眼をあいてうかがうと、僧はほとんど身動きもしないように正しく坐って、一心に読経を続けているらしかった。炉の火はだんだんに消えて、暗い家のなかにかすかに揺れているのは仏前の燈火《あかし》ばかりである。
 時の鐘など聞えないので、今が何どきであるか判らないが、もう真夜中であろうかと思われる頃に、僧はにわかに立上がって、叔父の寝息を窺《うかが》うようにちょっと覗《のぞ》いて、やがて音のせぬように雨戸をそっと開けたらしい。叔父は表をうしろにして寝ていたので、その挙動を確かに見届けることは出来なかったが、彼は藁草履《わらぞうり》の音を忍ばせて、表へぬけ出して行くように
前へ 次へ
全36ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング