く承知して内へ招じ入れた。彼は炉の火を焚きそえて、湯を沸かして飲ませてくれた。
「この通りの山奥で、朝夕はずいぶん冷えます。それでもまだこの頃はよろしいが、十一月十二月には雪がなかなか深くなって、土地なれぬ人にはとても歩かれぬようになります。」
「雪はどのくらい積もります。」
「年によると、一|丈《じょう》も積もることがあります。」
「一丈……。」と、叔父もすこし驚かされた。まったく今頃だからいいが、冬にむかって迂濶《うかつ》にこんな山奥へ踏み込んだらば、飛んだ目に逢うところであったと、いよいよ自分の無謀を悔むような気になった。
「お前、ひもじゅうはござらぬか。」と、僧は言った。「なにしろ五穀の乏《とぼ》しい土地で、ここらでは麦を少しばかり食い、そのほかには蕎麦《そば》や木の実を食っておりますが、わたしの家には麦のたくわえはありませぬ。村の人に貰《もろ》うた蕎麦もあいにくに尽きてしまいました。木の実でよろしくば進ぜましょう。」
 彼は木の実を盆に盛って出した。それは橡《とち》の実で、そのままで食ってはすこぶるにがいが、灰汁《あく》にしばらく漬けておいて、さらにそれを清水にさらして食うのであると説明した。空腹の叔父はこころみに一つ二つを取って口に入れると、その味は甘く軽く、案外に風味のよいものであったので、これは結構と褒めた上で、遠慮なしにむさぼり食っているのを、僧はやさしい眼をして興《きょう》あるように眺めていた。
「おまえはお江戸でござりますか。」と、僧は訊《き》いた。
「さようでございます。」
「わたしもお江戸へは三度出たことがありましたが、実に繁昌の地でござりますな。」
「三度も江戸へお下りになったのでございますか。」
「はい。しばらく鎌倉におりましたので……。」と、僧はむかしを偲《しの》び顔に答えた。
「道理で、あなたのお言葉の様子がここらの人たちとは違っていると思いました。」と、叔父はうなずいた。
「そうかも知れませぬ。しかし、わたしはこの土地の生れでござります。しかもここの家で生れたのでござります。」
 彼はうつむいて、そのやさしい眼を薄くとじた。その顔には一種の暗い影を宿しているようにも見られた。叔父は又訊いた。
「では、鎌倉へは御修業にお出でなされたのでございますか。」
「わたしが十一のときに、やはり大垣から越前を越えてゆくという旅の出家が一夜の宿を
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