は安すぎます。」
大将「うん、」(兵卒四これを嚥下す。)
特務曹長「その次の勲章はどれでありますか。」
大将「これじゃ、」
特務曹長「これはどちらから贈《おく》られたのでありますか。」
大将「それはアメリカだ。ニュウヨウクのメリケン粉株式会社から贈られたのだ。」
特務曹長「そうでありますか。愕《おどろ》くべきであります。」
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(兵卒五これを嚥下す。)
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特務曹長「次はどれでありますか。」
大将「これじゃ、」
特務曹長「実にめずらしくあります。やはり支那戦争でありますか。」
大将「いいや。支那の大将と豚《ぶた》を五|匹《ひき》でとりかえたのじゃ。」
特務曹長「なるほど、ハムサンドウィッチですな。」(兵卒六これを嚥下す。)
大将「これはどうじゃ。」
特務曹長「立派であります。何勲章でありますか。」
大将「むすこからとりかえしたのじゃ。」(兵卒七嚥下。)
特務曹長「その次は、」
大将「これはモナコ王国に於《おい》てばくちの番をしたとき貰《もら》ったのじゃ。」
特務曹長「はあ実に恐《おそ》れ入ります。」(兵卒八嚥下。)
大将「これはどうじゃ。」
特務曹長「どこの勲章でありますか。」
大将「手製じゃ手製じゃ。わしがこさえたのじゃ。」
特務曹長「なるほど、立派なお作であります。次のを拝見ねがいます。」(兵卒九嚥下。)
大将「これはなアフガニスタンでマラソン競争をやってとったのじゃ。」(兵卒十嚥下。)
特務曹長「なるほど次はどれでありますか。」
大将「もう二つしかないぞ。」
特務曹長(兵卒を検して)「もう二つで丁度いいようであります。」
大将「何が。」
特務曹長(烈《はげ》しくごまかす。)「そうであります。」
大将「勲章か。よろしい。」(外す。)
特務曹長「これはどちらから贈られましたのでありますか。」
大将「イタリヤごろつき組合だ。」
特務曹長「なるほど、ジゴマと書いてあります。」(曹長に)「おい、やれ。」(曹長嚥下す。)
特務曹長「実に立派であります。」
大将「これはもっと立派だぞ。」
特務曹長「これはどちらからお受けになりましたのでありますか。」
大将「ベルギ戦役マイナス十五里進軍の際スレンジングトンの街道で拾ったよ。」
特務曹長「なるほど。」(嚥下す。)「少し馬の糞《ふん》はついて居りますが結構であります。」
大将「どうじゃ、どれもみんな立派じゃろう。」
一同「実に結構でありました。」
大将「結構でありました? いかんな。物の云いようもわからない。結構でありますと云うもんじゃ。ありましたと云えば過去になるじゃ。」
一同「結構であります。」
特務曹長「ええ、只今《ただいま》のは実は現在|完了《かんりょう》のつもりであります。ところで閣下、この好機会をもちまして更《さら》に閣下の燦爛《さんらん》たるエボレットを拝見いたしたいものであります。」
大将「ふん、よかろう。」
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(エボレットを渡す。)
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特務曹長「実に甚《はなはだ》しくあります。」
大将「うん。金無垢《きんむく》だからな。溶《と》かしちゃいかんぞ。」
特務曹長「はい大丈夫《だいじょうぶ》であります。後列の方の六人でよく拝見しろ。」(渡す。最後の六人これを受けとり直ちに一箇ずつちぎる。)
大将「いかん、いかん、エボレットを壊《こわ》しちゃいかん。」
特務曹長「いいえ、すぐ組み立てます。もう片っ方拝見いたしたいものであります。」
大将「ふん、あとですっかり組み立てるならまあよかろう。」
特務曹長「なるほど金無垢であります。すぐ組み立てます。」(一箇をちぎり曹長に渡す。以下これに倣《なら》う。各《おのおの》皮を剥《む》く。)
大将(愕く。)「あっいかんいかん。皮を剥いてはいかんじゃ。」
特務曹長「急ぎ呑《の》み下せいおいっ。」(一同|嚥下《えんか》。)
大将(泣く。)「ああ情けない。犬め、畜生《ちくしょう》ども。泥《どろ》人形ども、勲章《くんしょう》をみんな食い居ったな。どうするか見ろ。情けない。うわあ。」
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(泣く。)(兵卒|悄然《しょうぜん》たり。)
(兵卒らこの時|漸《ようや》く饑餓《きが》を回復し良心の苛責《かしゃく》に勝《た》えず。)
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兵卒三「おれたちは恐ろしいことをしてしまったなあ。」
兵卒十「全く夢中《むちゅう》でやってしまったなあ。」
兵卒一「勲章と胃袋《いぶくろ》にゴム糸がついていたようだったなあ」
兵卒九「将軍と国家とにどうおわびをしたらいいかなあ。」
兵卒七「おわびの方法が無い。」
兵卒五
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