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曹長点燈す。兵士等大将のエボレット勲章等を見て食せんとするの衝動《しょうどう》甚《はなはだ》し。
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大将「間抜けめ、どれもみんなまるで泥《どろ》人形だ。」
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脚を重ねて椅子《いす》に座す。ポケットより新聞と老眼鏡とを取り出し殊更《ことさら》に顔をしかめつつこれを読む。しきりにゲップす。やがて睡《ねむ》る。
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曹長(低く。)「大将の勲章は実に甘《うま》そうだなあ。」
特務曹長「それは甘そうだ。」
曹長「食べるというわけには行かないものでありますか。」
特務曹長「それは蓋《けだ》しいかない。軍人が名誉《めいよ》ある勲章を食ってしまうという前例はない。」
曹長「食ったらどうなるのでありますか。」
特務曹長「軍法会議だ。それから銃殺《じゅうさつ》にきまっている。」間、兵卒一同再び倒る。
曹長(面《おもて》をあぐ。)「上官。私は決心いたしました。この饑餓陣営の中に於《お》きましては最早《もはや》私共の運命は定《さだ》まってあります。戦争の為《ため》にでなく飢餓の為に全滅《ぜんめつ》するばかりであります。かの巨大なるバナナン軍団のただ十六人の生存者われわれもまた死ぬばかりであります。この際私が将軍の勲章とエボレットとを盗《ぬす》みこれを食しますれば私共は死ななくても済みます。そして私はその責任を負って軍法会議にかかりまた銃殺されようと思います。」
特務曹長「曹長、よく云《い》って呉《く》れた。貴様だけは殺さない。おれもきっと一緒《いっしょ》に行くぞ。十の生命の代りに二人の命を投げ出そう。よし。さあやろう。集まれっ。気を付けっ。右ぃおい。直れっ。番号。」
兵士「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、」
特務曹長「よし。閣下はまだおやすみだ。いいか。われわれは軍律上少しく変則ではあるがこれから食事を始める。」兵士|悦《よろこ》ぶ。
曹長(一足進む。)
特務曹長「いや、盗むというのはいかん。もっと正々堂々とやらなくちゃいけない。いいか。おれがやろう。」
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特務曹長バナナン大将の前に進み直立す。曹長以下これに従い一列に並《なら》ぶ。
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特務曹長(挙手、叫ぶ。)「閣下!」
バナナン大将(徐《おもむろ》に眼《め》を開く。)「何じゃ、そうぞうしい。」
特務曹長「閣下の御勲功は実に四海を照すのであります。」
大将「ふん、それはよろしい。」
特務曹長「閣下の御名誉は則《すなわ》ち私共の名誉であります。」
大将「うん。それはよろしい。」
特務曹長「閣下の勲章は皆《みな》実に立派であります。私共は閣下の勲章を仰《あお》ぎますごとに実に感激《かんげき》してなみだがでたりのどが鳴ったりするのであります。」
大将「ふん、それはそうじゃろう。」
特務曹長「然《しか》るに私共は未《いま》だ不幸にしてその機会を得ず充分《じゅうぶん》適格に閣下の勲章を拝見するの光栄を所有しなかったのであります。」
大将「それはそうじゃ、今までは忙《いそ》がしかったじゃからな。」
特務曹長「閣下。この機会をもちまして私共一同にとくとお示しを得たいものであります。」
大将「それはよろしい。どの勲章を見たいのだ。」
特務曹長「一番大きなやつから。」
大将「これが一番大きいじゃ。ロンテンプナルール勲章じゃ。」胸より最大なる勲章を外し特務曹長に渡《わた》す。
特務曹長「これはどの戦役《せんえき》でご受領なされたのでありますか。」
大将「印度《インド》戦争だ。」
特務曹長「このまん中の青い所はほんもののザラメでありますか。」
大将「ほんとうのザラメとも。」
特務曹長「実に立派であります。」(曹長に渡す。曹長兵卒一に渡す。兵卒一直ちにこれを嚥下《えんか》す。)
特務曹長「次のは何でありますか。」
大将「ファンテプラーク章じゃ。」外す。
特務曹長「あまり光って眼がくらむようであります。」
大将「そうじゃ。それは支那《しな》戦のニコチン戦役にもらったのじゃ。」
特務曹長「立派であります。」
大将「それはそうじゃろう」(兵卒二これを嚥下す。)
大将「どうじゃ、これはチベット戦争じゃ。」
特務曹長「なるほど西蔵《チベット》馬のしるしがついて居《お》ります。」(兵卒三これを嚥下す。)
大将「これは普仏《ふふつ》戦争じゃ、」
特務曹長「なるほどナポレオンポナパルドの首のしるしがついて居ります。然《しか》し閣下は普仏戦争に御参加になりましたのでありますか。」
大将「いいや、六十銭で買ったよ。」
特務曹長「なるほど、実に立派であります。六十銭で
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