「死ぬより仕方ない。」
兵卒三「みんな死のう、自殺しよう。」
曹長「いいや、みんなおれが悪いんだ。おれがこんなことを発案したのだ。」
特務曹長「いいや、おれが責任者だ。おれは死ななければならない。」
曹長「上官、私共二人はじめの約束《やくそく》の通りに死にましょう。」
特務曹長「そうだ。おいみんな。おまえたちはこの事件については何も知らなかった。悪いのはおれ達二人だ。おれ達はこの責任を負って死ぬからな、お前たちは決して短気なことをして呉《く》れるな。これからあともよく軍律を守って国家のためにつくしてくれ」
兵卒一同「いいえ、だめであります。だめであります。」
特務曹長「いかん。貴様たちに命令する。将軍のお詞《ことば》のあるうち動いてはならん。気を付けっ。」兵卒等直立。
特務曹長「曹長、さあ支度《したく》しよう。」(ピストルを出す。)「祈《いの》ろう。一所に。」
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特務曹長「饑餓陣営のたそがれの中
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犯《おか》せる罪はいとも深し
ああ夜のそらの青き火もて
われらがつみをきよめたまえ。」
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曹長「マルトン原のかなしみのなか
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ひかりはつちにうずもれぬ
ああみめぐみのあめを下し
われらがつみをゆるしたまえ。」
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合唱「ああ、みめぐみの雨をくだし
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われらがつみをゆるしたまえ。」
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(特務曹長ピストルを擬《ぎ》し将《まさ》に自殺せんとす。)
(バナナン大将この時まで瞑目《めいもく》したるも忽《たちま》ちにして立ちあがり叫《さけ》ぶ。)
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大将「止まれ、やめぃ。」
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(特務曹長ピストルを擬したるまま呆然《ぼうぜん》として佇立《ちょりつ》す。大将ピストルを奪《うば》う。)
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バナナン大将「もうわかった。お前たちの心底は見届けた。お前たちの誠心に較《くら》べてはおれの勲章などは実に何でもないじゃ。
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おお神はほめられよ。実におん眼《め》からみそなわすならば勲章やエボレットなどは瓦礫《がれき》にも均《ひと》しいじゃ。」
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