した。その虔十という人は少し足りないと私らは思っていたのです。いつでもはあはあ笑っている人でした。毎日丁度この辺に立って私らの遊ぶのを見ていたのです。この杉もみんなその人が植えたのだそうです。ああ全くたれがかしこくたれが賢《かしこ》くないかはわかりません。ただどこまでも十力《じゅうりき》の作用は不思議です。ここはもういつまでも子供たちの美しい公園地です。どうでしょう。ここに虔十公園林と名をつけていつまでもこの通り保存するようにしては。」
「これは全くお考えつきです。そうなれば子供らもどんなにしあわせか知れません。」
 さてみんなその通りになりました。
 芝生《しばふ》のまん中、子供らの林の前に
「虔十公園林」と彫《ほ》った青い橄欖岩《かんらんがん》の碑《ひ》が建ちました。
 昔のその学校の生徒、今はもう立派な検事になったり将校になったり海の向うに小さいながら農園を有《も》ったりしている人たちから沢山《たくさん》の手紙やお金が学校に集まって来ました。
 虔十のうちの人たちはほんとうによろこんで泣きました。
 全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、さわやかな匂《におい》、夏のすずしい陰《かげ》、月光色の芝生がこれから何千人の人たちに本当のさいわいが何だかを教えるか数えられませんでした。
 そして林は虔十の居た時の通り雨が降ってはすき徹《とお》る冷たい雫《しずく》をみじかい草にポタリポタリと落しお日さまが輝《かがや》いては新らしい奇麗な空気をさわやかにはき出すのでした。



底本:「新編風の又三郎」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年2月25日発行
   1989(平成元)年6月10日2刷
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2008年10月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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