わしは将軍ソンバーユーぢや。何分ひとつたのみたい。」
「いや、その由を伺《うかが》ひました。あなたのお馬はたしか三十九ぐらゐですな。」
「四捨五入して、さうぢや、やつぱり三十九ぢやな。」
「ははあ、たゞいま手術いたします。あなたは馬の上に居て、すこし煙いかしれません。それをご承知くださいますか。」
「煙い? なんのどうして煙《けむ》ぐらゐ、砂漠《さばく》で風の吹くときは、一分間に四十五以上、馬を跳躍させるんぢや。それを三つも、やすんだら、もう頭まで埋まるんぢや。」
「ははあ、それではやりませう。おい、フーシユ。」プー先生は弟子を呼ぶ。弟子はおじぎを一つして、小さな壺《つぼ》をもつて来た。プー先生は蓋《ふた》をとり、何か茶いろな薬を出して、馬の眼《まなこ》に塗りつけた。それから「フーシユ」とまた呼んだ。弟子はおじぎを一つして、となりの室《へや》へ入つて行つて、しばらくごとごとしてゐたが、まもなく赤い小さな餅《もち》を、皿《さら》にのつけて帰つて来た。先生はそれをつまみあげ、しばらく指ではさんだり、匂《にほひ》をかいだりしてゐたが、何か決心したらしく、馬にぱくりと喰べさせた。ソン将軍は、その白馬《しろうま》の上に居て、待ちくたびれてあくびをした。すると俄《には》かに白馬《しろうま》は、がたがたがたがたふるへ出しそれからからだ一面に、あせとけむりを噴き出した。プー先生はこはさうに、遠くへ行つてながめてゐる。がたがたがたがた鳴りながら、馬はけむりをつゞけて噴いた。そのまた煙が無暗《むやみ》に辛《から》い。ソン将軍も、はじめは我慢してゐたが、たうとう両手を眼にあてて、ごほんごほんとせきをした。そのうちだんだんけむりは消えてこんどは、汗が滝よりひどくながれだす。プー先生は近くへよつて、両手をちよつと鞍《くら》にあて、二つつばかりゆすぶつた。
たちまち鞍はすぱりとはなれ、はずみを食つた将軍は、床にすとんと落された。ところがさすが将軍だ。いつかきちんと立つてゐる。おまけに鞍と将軍も、もうすつかりとはなれてゐて、将軍はまがつた両足を、両手でぱしやぱしや叩《たた》いたし、馬は俄かに荷がなくなつて、さも見当がつかないらしく、せなかをゆらゆらゆすぶつた。するとバーユー将軍はこんどは馬のはうきのやうなしつぽを持つて、いきなりぐつと引つ張つた。すると何やらまつ白な、尾の形した塊が、ごとりと床
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