リオンがもう高くのぼってゐる。
(どうだ。たいまつは立派だらう。松の木に映るとすごいだらう。そして、そうら、裾野と山が開けたぞ。はてな、山のてっぺんが何だか白光するやうだ。何か非常にもの凄《すご》い。雲かもしれない。おい、たいまつを一寸《ちょっと》うしろへかくして見ろ。ホウ、雪だ、雪だ。雪だよ。雪が降ったのだ。やっぱりさっき雨が来たのだ。夢で見たのだ。雪だよ。)
空気はいまはすきとほり小さな鋭いかけらでできてゐる。その小さな小さなかけらが互にひどくぶっつかり合ひ、この燐光《りんくゎう》をつくるのだ。
オリオンその他の星座が送るほのあかり、中にすっくと雪をいたゞく山王《せんわう》が立ち黒い大地をひきゐながら今|涯《はて》もない空間を静にめぐり過ぎるのだ。さあみんな、祈るのだぞ、まっすぐに立て。
[#ここから1字下げ]
(無上|甚深微妙《じんじんみめう》法 百千万|劫《ごふ》難遭遇
我今見聞得受持 願解|如来《にょらい》第一義)
[#ここで字下げ終わり]
力いっぱい声かぎり、夜風はいのりを運び去りはるかにはるかにオホツクの黒い波間を越えて行く。草はもうみんな枯れたらしい。たいまつの火の粉は赤く散り、大熊星《おほぐまぼし》は見えません。
(ここのところでよく間違ふぞ。左を行くと山みちなんだ。鳥居があるので悪くするとそっちへ行くぜ。)みちは俄《にはか》に細くなったり何本にもわかれたり。黒い火山礫《くわざんれき》と草のしづく。
(いつもなら火を見て馬がかけて来るんだが今はもうみんな居ないんだ。すっかり曇ったな。)
みちが消えたり又ひょいと出て来て何本にも岐《わか》れたり。
柏《かしは》の枯れ葉がざらざら鳴ってゐる。
なんだか路《みち》が少しをかしい。もう大分来てゐるのだが。
(向ふにどてがあるかどうか一寸《ちょっと》見て来よう。おい。ついて来るな。そこに居ろ。何だ。たいまつが消えたな。そこに居ろよ。はなれるな。ずゐぶん丈の高い草だ。胸きりある。)
(どてが無いよ。この路に沿ってゐる筈《はず》なんだ。事によったら間違ったぞ。もう少し行って見よう。けれども駄目《だめ》だ。やっぱり駄目だ。こんな変な坂路がなかった筈だ。少し北側へ廻ったのかな。すっかり曇ったし、困ったな。仕方ない夜明け迄《まで》に一ぺん宿へ引っ返し日が出てから改めて出掛けよう。)
(けれども一寸路
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング