いでもやっぱり醸《わ》きます。」
「さうかい。砂糖を入れたら罰金だらう。おい、吉田、吉田。吉田を呼んで来て呉《く》れ、あ、いゝよ、来た来た。おい吉田。葡萄酒ださうだ。飲まないか。」
「さうですか。おや。熱くしてあるのか。どれ、おい沢山だ。渋いな。」
 ねむけのもやがまた光る。

「あしたは騎兵が実弾射撃に来るさうぢゃないか。どこへ射《う》つのだらう。」
「笹森《ささもり》山、地図を拝見、これです。なあに私等の方は危くありませんよ。」
「しかし弾丸《たま》が外《そ》れたら困るぜ。」
「なあに、旦那さん。そんたに来ません。そぃつさ騎兵だん[#「ん」は小書き]すぢゃぃ。」
 ふん、あいつはあの首に鬱金《うこん》を巻きつけた旭川《あさひかは》の兵隊上りだな、騎兵だから射的はまづい、それだから大丈夫|外《そ》れ弾丸は来ない、といふのは変な理窟《りくつ》だ。けれどもしんとしてゐる。みんな少し酔って感心したんだな。

「今日は君は楽だったらう。」
「えゝ、しかし昨日は鞍掛《くらかけ》でまるで一面の篠笹《しのざさ》、とても這《は》ふもよぢるもできませんでした。」
「いや、おれの方だってさうだ。さあ寝るかな。あしたは天気は大丈夫だな。四つまでできるかな。」
「えゝ。」
「やっ、お邪魔しぁんした。まだ入って居《を》ります。置いて行きます。」
「おい、持って行け、持って行け、もう飲まんぞ。」
 さうだ。帝室林野局の人たちだ。

 たしかにこれは夢のはじめの方の青ぐろい空だ。山の中腹から裾野《すその》に低く雲が垂れ、その星明りの雲の原の上でごろごろと雷が鳴ってゐる。実に静にうなってゐる。夢の中の雷がごろごろごろごろうなってゐる。雲の下の柏《かしは》の木立に時々冷たい雨の灌《そそ》ぐのが手に取るやうだ。それでもやはり夢らしい。

 何時かな。もう二時半だ。少しおくれた。いや、丁度いゝ。寒い。
(おい。もう二時半だ。二時半だ。行かう行かう。)寒くてガタガタする。みんなうらうら仕度をしてゐる。ゆふべのつゞきの灰色ズックの鞄《かばん》、ラムプの光は青い孔雀《くじゃく》の羽。
(いゝか。火がついたか。さあ出よう。たいまつはまん中だぞ。寒いな。)
 空の鋼は奇麗に拭《ぬぐ》はれ気圏の淵《ふち》は青黝《あをくろ》ぐろと澄みわたり一つの微塵《みぢん》も置いてない。
 いっぱいの星がべつべつに瞬いてゐる。オ
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