しぶみしげきおのづから
種山ヶ原に燃ゆる火の
なかばは雲に鎖さるゝ
ポランの広場
つめくさ灯ともす 宵の広場
むかしのラルゴを うたひかはし
雲をもどよもし 夜風にわすれて
とりいれまぢかに 歳よ熟《う》れぬ
組合理事らは 藁のマント
山猫博士は かはのころも
醸せぬさかづき その数しらねば
はるかにめぐりぬ 射手《いて》や蠍
巡業隊
霜のまひるのはたごやに、 がらすぞうるむ一瓶の、
酒の黄なるをわかちつゝ、 そゞろに錫の笛吹ける。
すがれし大豆《まめ》をつみ累げ、 よぼよぼ馬の過ぎ行くや、
風はのぼりをはためかし、 障子の紙に影刷きぬ。
ひとりかすかに舌打てば、 ひとりは古きらしゃ鞄、
黒きカードの面反《おもぞ》りの、 わびしきものをとりいづる。
さらにはげしく舌打ちて、 長《をさ》ぞまなこをそらしぬと、
楽手はさびしだんまりの、 投げの型してまぎらかす。
夜
はたらきまたはいたつきて、 もろ手ほてりに耐へざるは、
おほかた黒の硅板岩礫《イキイシ》を、 にぎりてこそはまどろみき。
医院
陶標春をつめたくて、 水松《いちゐ》も青く冴えそめぬ。
水うら濁る島の苔、 萱屋に玻璃のあえかなる。
瓶をたもちてうなゐらの、 みたりためらひ入りくるや。
神農像に饌《け》ささぐと、 学士はつみぬ蕗の薹。
〔沃度ノニホヒフルヒ来ス〕
沃度ノニホヒフルヒ来ス、 青貝山ノフモト谷、
荒レシ河原ニヒトモトノ、 辛夷ハナ咲キ立チニケリ。
モロビト山ニ入ラントテ、 朝明ヲココニ待チツドヒ、
或イハ鋸ノ目ヲツクリ、 アルハタバコヲノミニケリ。
青キ朝日ハコノトキニ、 ケブリヲノボリユラメケバ、
樹ハサウサウト燃エイデテ、 カナシキマデニヒカリタツ。
カクテアシタハヒルトナリ、 水音イヨヨシゲクシテ、
鳥トキドキニ群レタレド、 ヒトノケハヒハナカリケリ。
雲ハ経紙ノ紺ニ暮レ、 樹ハカグロナル山山ニ、
梢螺鈿ノサマナシテ、 コトトフコロトナリニケリ。
ツカレノ銀ヲクユラシテ、 モロ人谷ヲイデキタリ、
ココニ二タビ口《クチ》ソソギ、 セナナル荷ヲバトトノヘヌ。
ソハヒマビマニトリテ来シ、 木ノ芽ノ数ヲトリカハシ、
アルイハ百合ノ五|塊《タマ》ヲ、 ナガ大母ニ持テトイフ。
ヤガテ高木モ夜トナレバ、 サラニアシタヲ云ヒカハシ、
ヒトビトオノモ松ノ野ヲ、 ワギ家ノカタヘイソギケリ。
〔みちべの苔にまどろめば〕
みちべの苔にまどろめば、 日輪そらにさむくして、
わづかによどむ風くまの、 きみが頬ちかくあるごとし。
まがつびここに塚ありと、 おどろき離《か》るゝこの森や、
風はみそらに遠くして、 山なみ雪にたゞあえかなる。
〔二山の瓜を運びて〕
二山の瓜を運びて、 舟いだす酒のみの祖父《ぢぢ》。
たなばたの色紙購ふと、 追ひすがる赤|髪《け》のうなゐ。
ま青なる天弧の下を、 きららかに町はめぐりつ。
ここにして集へる川の、 はてしなみ萌ゆるうたかた。
〔けむりは時に丘丘の〕
けむりは時に丘丘の、 栗の赤葉に立ちまどひ、
あるとき黄なるやどり木は、 ひかりて窓をよぎりけり。
(あはれ土耳古玉《タキス》のそらのいろ、 かしこいづれの天なるや)
(かしこにあらずこゝならず、 われらはしかく習ふのみ。)
(浮屠らも天を云ひ伝へ、 三十三を数ふなり、
上の無色にいたりては、 光、思想を食めるのみ。)
そらのひかりのきはみなく、 ひるのたびぢの遠ければ、
をとめは餓ゑてすべもなく、 胸なる珞《たま》をゆさぶりぬ。
〔遠く琥珀のいろなして〕
遠く琥珀のいろなして、 春べと見えしこの原は、
枯草《くさ》をひたして雪げ水、 さゞめきしげく奔るなり。
峯には青き雪けむり、 裾は柏の赤ばやし、
雪げの水はきらめきて、 たゞひたすらにまろぶなり。
心相
こころの師とはならんとも、 こころを師とはなさざれと、
いましめ古りしさながらに、 たよりなきこそこゝろなれ。
はじめは潜む蒼穹に、 あはれ鵞王の影供ぞと、
面さへ映えて仰ぎしを、 いまは酸えしておぞましき、
澱粉堆とあざわらひ、
いたゞきすべる雪雲を、 腐《くだ》せし馬鈴薯とさげすみぬ。
肖像
朝のテニスを慨《なげか》ひて、 額は貢《たか》し 雪の風。
入りて原簿を閲すれば、 その手砒硫の香にけぶる。
暁眠
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