まるで飛び上がって笑ってしまいました。みんなも笑いました。笑って笑って笑いました。
 三郎はやっと笑うのをやめて言いました。
「そらごらん、とうとう風車などを言っちゃったろう。風車なら風を悪く思っちゃいないんだよ。もちろん時々こわすこともあるけれども回してやる時のほうがずっと多いんだ。風車ならちっとも風を悪く思っていないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようはあんまりおかしいや。ララ、ララ、ばかり言ったんだろう。おしまいにとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」
 三郎はまた涙の出るほど笑いました。
 耕助もさっきからあんまり困ったためにおこっていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい三郎といっしょに笑い出してしまったのです。すると三郎もすっかりきげんを直して、
「耕助君、いたずらをして済まなかったよ。」と言いました。
「さあそれであ行ぐべな。」と一郎は言いながら三郎にぶどうを五ふさばかりくれました。
 三郎は白い栗《くり》をみんなに二つずつ分けました。そしてみんなは下のみちまでいっしょにおりて、あとはめいめいのうちへ帰ったのです。

 次の朝は霧がじめじめ降って学校のうしろの山もぼんやりしか見えませんでした。ところがきょうも二時間目ころからだんだん晴れてまもなく空はまっ青《さお》になり、日はかんかん照って、お午《ひる》になって一、二年が下がってしまうとまるで夏のように暑くなってしまいました。
 ひるすぎは先生もたびたび教壇で汗をふき、四年生の習字も五年生六年生の図画もまるでむし暑くて、書きながらうとうとするのでした。
 授業が済むとみんなはすぐ川下のほうへそろって出かけました。嘉助が、
「又三郎、水泳ぎに行がないが。小さいやづど今ころみんな行ってるぞ。」と言いましたので三郎もついて行きました。
 そこはこの前上の野原へ行ったところよりも、も少し下流で右のほうからも一つの谷川がはいって来て、少し広い河原になり、すぐ下流は大きなさいかちの木のはえた崖《がけ》になっているのでした。
「おおい。」とさきに来ているこどもらがはだかで両手をあげて叫びました。一郎やみんなは、河原のねむの木の間をまるで徒競走のように走って、いきなりきものをぬぐとすぐどぶんどぶんと水に飛び込んで両足をかわるがわる曲げて、だあんだあんと水をたたくようにしながら斜めにならんで向こう岸へ泳ぎはじめました。前にいたこどもらもあとから追い付いて泳ぎはじめました。三郎もきものをぬいでみんなのあとから泳ぎはじめましたが、途中で声をあげてわらいました。すると向こう岸についた一郎が、髪をあざらしのようにしてくちびるを紫にしてわくわくふるえながら、
「わあ又三郎、何してわらった。」と言いました。
 三郎はやっぱりふるえながら水からあがって、
「この川冷たいなあ。」と言いました。
「又三郎何してわらった?」一郎はまたききました。
 三郎は、
「おまえたちの泳ぎ方はおかしいや。なぜ足をだぶだぶ鳴らすんだい。」と言いながらまた笑いました。
「うわあい。」と一郎は言いましたが、なんだかきまりが悪くなったように、
「石取りさないが。」と言いながら白い丸い石をひろいました。
「するする。」こどもらがみんな叫びました。
「おれそれであ、あの木の上がら落とすがらな。」と一郎は言いながら崖《がけ》の中ごろから出ているさいかちの木へするするのぼって行きました。そして、
「さあ落とすぞ。一二三。」と言いながらその白い石をどぶん、と淵《ふち》へ落としました。
 みんなはわれ勝ちに岸からまっさかさまに水にとび込んで、青白いらっこのような形をして底へもぐって、その石をとろうとしました。
 けれどもみんな底まで行かないに息がつまって浮かびだして来て、かわるがわるふうとそこらへ霧をふきました。
 三郎はじっとみんなのするのを見ていましたが、みんなが浮かんできてからじぶんもどぶんとはいって行きました。けれどもやっぱり底まで届かずに浮いてきたのでみんなはどっと笑いました。そのとき向こうの河原のねむの木のところを大人《おとな》が四人、肌《はだ》ぬぎになったり、網をもったりしてこっちへ来るのでした。
 すると一郎は木の上でまるで声をひくくしてみんなに叫びました。
「おお、発破《はっぱ》だぞ。知らないふりしてろ。石とりやめで早ぐみんな下流《しも》ささがれ。」そこでみんなは、なるべくそっちを見ないふりをしながら、いっしょに砥石《といし》をひろったり、鶺鴒《せきれい》を追ったりして、発破のことなぞ、すこしも気がつかないふりをしていました。
 すると向こうの淵《ふち》の岸では、下流の坑夫をしていた庄助《しょうすけ》が、しばらくあちこち見まわしてから、いきなりあぐらをかいて砂利《じゃり》の上へすわってしまいました
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