がった。向こうさ降りだら馬も人もそれっ切りだったぞ。さあ嘉助、団子食べろ。このわろもたべろ。さあさあ、こいづも食べろ。」
「おじいさん。馬置いでくるが。」と一郎のにいさんが言いました。
「うんうん。牧夫来るどまだやがましがらな、したども、も少し待で。またすぐ晴れる。ああ心配した。おれも虎《とら》こ山《やま》の下まで行って見で来た。はあ、まんつよがった。雨も晴れる。」
「けさほんとに天気よがったのにな。」
「うん。またよぐなるさ、あ、雨漏って来たな。」
 一郎のにいさんが出て行きました。天井がガサガサガサガサ言います。おじいさんが笑いながらそれを見上げました。
 にいさんがまたはいって来ました。
「おじいさん。明るぐなった。雨あ霽《は》れだ。」
「うんうん、そうが。さあみんなよっく火にあだれ、おらまた草刈るがらな。」
 霧がふっと切れました。日の光がさっと流れてはいりました。その太陽は、少し西のほうに寄ってかかり、幾片かの蝋《ろう》のような霧が、逃げおくれてしかたなしに光りました。
 草からはしずくがきらきら落ち、すべての葉も茎も花も、ことしの終わりの日の光を吸っています。
 はるかな西の碧《あお》い野原は、今泣きやんだようにまぶしく笑い、向こうの栗《くり》の木は青い後光を放ちました。
 みんなはもう疲れて一郎をさきに野原をおりました。わき水のところで三郎はやっぱりだまって、きっと口を結んだままみんなに別れて、じぶんだけおとうさんの小屋のほうへ帰って行きました。
 帰りながら嘉助が言いました。
「あいづやっぱり風の神だぞ。風の神の子っ子だぞ。あそごさ二人して巣食ってるんだぞ。」
「そだないよ。」一郎が高く言いました。

 次の日は朝のうちは雨でしたが、二時間目からだんだん明るくなって三時間目の終わりの十分休みにはとうとうすっかりやみ、あちこちに削ったような青ぞらもできて、その下をまっ白なうろこ雲がどんどん東へ走り、山の萱《かや》からも栗の木からも残りの雲が湯げのように立ちました。
「下がったら葡萄蔓《えびづる》とりに行がないが。」耕助が嘉助にそっと言いました。
「行ぐ行ぐ。三郎も行がないが。」嘉助がさそいました。耕助は、
「わあい、あそご三郎さ教えるやないぢゃ。」と言いましたが三郎は知らないで、
「行くよ。ぼくは北海道でもとったぞ。ぼくのおかあさんは樽《たる》へ二っつ漬《つ》けたよ。」と言いました。
「葡萄《ぶどう》とりにおらも連れでがないが。」二年生の承吉《しょうきち》も言いました。
「わがないぢゃ。うなどさ教えるやないぢゃ。おら去年な新しいどご見つけだぢゃ。」
 みんなは学校の済むのが待ち遠しかったのでした。五時間目が終わると、一郎と嘉助と佐太郎と耕助と悦治と三郎と六人で学校から上流のほうへ登って行きました。少し行くと一けんの藁《わら》やねの家があって、その前に小さなたばこ畑がありました。たばこの木はもう下のほうの葉をつんであるので、その青い茎が林のようにきれいにならんでいかにもおもしろそうでした。
 すると三郎はいきなり、
「なんだい、この葉は。」と言いながら葉を一枚むしって一郎に見せました。すると一郎はびっくりして、
「わあ、又三郎、たばごの葉とるづど専売局にうんとしかられるぞ。わあ、又三郎何してとった。」と少し顔いろを悪くして言いました。みんなも口々に言いました。
「わあい。専売局であ、この葉一枚ずつ数えで帳面さつけでるだ。おら知らないぞ。」
「おらも知らないぞ。」
「おらも知らないぞ。」みんな口をそろえてはやしました。
 すると三郎は顔をまっ赤《か》にして、しばらくそれを振り回して何か言おうと考えていましたが、
「おら知らないでとったんだい。」とおこったように言いました。
 みんなはこわそうに、だれか見ていないかというように向こうの家を見ました。たばこばたけからもうもうとあがる湯げの向こうで、その家はしいんとしてだれもいたようではありませんでした。
「あの家一年生の小助《こすけ》の家だぢゃい。」嘉助が少しなだめるように言いました。ところが耕助ははじめからじぶんの見つけた葡萄藪《ぶどうやぶ》へ、三郎だのみんなあんまり来ておもしろくなかったもんですから、意地悪くもいちど三郎に言いました。
「わあ、三郎なんぼ知らないたってわがないんだぢゃ。わあい、三郎もどのとおりにしてまゆんだであ。」
 三郎は困ったようにしてまたしばらくだまっていましたが、
「そんなら、おいらここへ置いてくからいいや。」と言いながらさっきの木の根もとへそっとその葉を置きました。すると一郎は、
「早くあべ。」と言って先にたってあるきだしましたのでみんなもついて行きましたが、耕助だけはまだ残って「ほう、おら知らないぞ。ありゃ、又三郎の置いた葉、あすごにあるぢ
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