た。
 けれども、たよりのないことは、みちのはばが五寸ぐらいになったり、また三尺ぐらいに変わったり、おまけになんだかぐるっと回っているように思われました。そして、とうとう大きなてっぺんの焼けた栗《くり》の木の前まで来た時、ぼんやり幾つにも別れてしまいました。
 そこはたぶんは、野馬の集まり場所であったでしょう。霧の中に丸い広場のように見えたのです。
 嘉助はがっかりして、黒い道をまた戻りはじめました。知らない草穂が静かにゆらぎ、少し強い風が来る時は、どこかで何かが合図をしてでもいるように、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました。
 空が光ってキインキインと鳴っています。
 それからすぐ目の前の霧の中に、家の形の大きな黒いものがあらわれました。嘉助はしばらく自分の目を疑って立ちどまっていましたが、やはりどうしても家らしかったので、こわごわもっと近寄って見ますと、それは冷たい大きな黒い岩でした。
 空がくるくるくるっと白く揺らぎ、草がバラッと一度にしずくを払いました。
 (間違って原の向こう側へおりれば、又三郎もおれも、もう死ぬばかりだ。)と嘉助は半分思うように半分つぶやくようにしました。それから叫びました。
「一郎、一郎、いるが。一郎。」
 また明るくなりました。草がみないっせいによろこびの息をします。
「伊佐戸《いさど》の町の、電気工夫の童《わらす》あ、山男に手足いしばらえてたふだ。」といつかだれかの話した言葉が、はっきり耳に聞こえて来ます。
 そして、黒い道がにわかに消えてしまいました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が吹いて来ました。
 空が旗のようにぱたぱた光って飜り、火花がパチパチパチッと燃えました。嘉助はとうとう草の中に倒れてねむってしまいました。
        *
 そんなことはみんなどこかの遠いできごとのようでした。
 もう又三郎がすぐ目の前に足を投げだしてだまって空を見あげているのです。いつかいつものねずみいろの上着の上にガラスのマントを着ているのです。それから光るガラスの靴《くつ》をはいているのです。
 又三郎の肩には栗《くり》の木の影が青く落ちています。又三郎の影は、また青く草に落ちています。そして風がどんどんどんどん吹いているのです。
 又三郎は笑いもしなければ物も言いません。ただ小さなくちびるを強そうにきっと結んだまま黙ってそらを見ています。いきなり又三郎はひらっとそらへ飛びあがりました。ガラスのマントがギラギラ光りました。
        *
 ふと嘉助は目をひらきました。灰いろの霧が速く速く飛んでいます。
 そして馬がすぐ目の前にのっそりと立っていたのです。その目は嘉助を恐れて横のほうを向いていました。
 嘉助ははね上がって馬の名札を押えました。そのうしろから三郎がまるで色のなくなったくちびるをきっと結んでこっちへ出てきました。
 嘉助はぶるぶるふるえました。
「おうい。」霧の中から一郎のにいさんの声がしました。雷もごろごろ鳴っています。
「おおい、嘉助。いるが。嘉助。」一郎の声もしました。嘉助はよろこんでとびあがりました。
「おおい。いる、いる。一郎。おおい。」
 一郎のにいさんと一郎が、とつぜん目の前に立ちました。嘉助はにわかに泣き出しました。
「捜したぞ。あぶながったぞ。すっかりぬれだな。どう。」一郎のにいさんはなれた手つきで馬の首を抱いて、もってきたくつわをすばやく馬のくちにはめました。
「さあ、あべさ。」
「又三郎びっくりしたべあ。」一郎が三郎に言いました。三郎はだまって、やっぱりきっと口を結んでうなずきました。
 みんなは一郎のにいさんについて、ゆるい傾斜を二つほどのぼり降りしました。それから、黒い大きな道について、しばらく歩きました。
 稲光りが二度ばかり、かすかに白くひらめきました。草を焼くにおいがして、霧の中を煙がぼうっと流れています。
 一郎のにいさんが叫びました。
「おじいさん。いだ、いだ。みんないだ。」
 おじいさんは霧の中に立っていて、
「ああ心配した、心配した。ああよがった。おお嘉助。寒がべあ、さあはいれ。」と言いました。嘉助は一郎と同じようにやはりこのおじいさんの孫なようでした。
 半分に焼けた大きな栗《くり》の木の根もとに、草で作った小さな囲いがあって、チョロチョロ赤い火が燃えていました。
 一郎のにいさんは馬を楢《なら》の木につなぎました。
 馬もひひんと鳴いています。
「おおむぞやな。な。なんぼが泣いだがな。そのわろは金山掘りのわろだな。さあさあみんな団子たべろ。食べろ。な、今こっちを焼ぐがらな。全体どこまで行ってだった。」
「笹長根《ささながね》のおり口だ。」と一郎のにいさんが答えました。
「あぶないがった。あぶない
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