入れませんでした。砂糖を入れると酒になるので、罰金です。その四十本のうち、十本ばかりはほかのうちのやうに、一本三十銭づつで町の者に売ってやりましたが、残りは毎晩耕平が、
「うう、渋、うう、酸っかい。湧《わ》ぃでるぢゃい。」なんて云ひながら、一本づつだんだんのんでしまったのでした。
さて瓶がずらりと板の間にならんで、まるでキラキラします。おかみさんは足もとの板をはづして床下の落しに入って、そこからこっちに顔を出しました。
耕平は、
「さあ、いゝが。落すな。瓶の脚揃《そろ》ぇでげ。」なんて云ひながら、それを一本づつ渡します。
[#ここから4字下げ]
耕平は、潰し葡萄を絞りあげ、
砂糖を加へ、
瓶《びん》にたくさんつめこんだ。
[#ここで字下げ終わり]
と斯《か》う云ふわけです。
(五)[#「(五)」は縦中横]
あれから六日たちました。
向ふの山は雪でまっ白です。
草は黄いろに、をととひなどはみぞれさへちょっと降りました。耕平とおかみさんとは家の前で豆を叩《たた》いて居《を》りました。
そのひるすぎの三時|頃《ころ》、西の方には縮れた白い雲がひどく光って、どうも何かしらあぶないことが起りさうでした。そこで
「ボッ」といふ爆発のやうな音が、どこからとなく聞えて来ました。耕平は豆を叩く手をやめました。
「ぢゃ、今の音聴だが。」
「何だべぁんす。」
「きっとどの山が噴火ン[#「ン」は小書き]したな。秋田の鳥海山だべが。よっぽど遠ぐの方だよだぢゃい。」
「ボッ。」音がまた聞えます。
「はぁでな、又やった。きたいだな。」
「ボッ。」
「をぉがしな。」
「どごだべぁん[#「ん」は小書き]す。」
「どごでもいがべ。此処《こご》まで来なぃがべ。」
それからずうっとしばらくたって、又音がします。
それからしばらくしばらくたってから、又聞えます。
その西の空の眼《め》の痛いほど光る雲か、すきとほる風か、それとも向ふの柏林《かしはばやし》の中にはひった小さな黒い影法師か、とにかく誰《たれ》かが斯う歌ひました。
[#ここから3字下げ]
「一昨日《をどでな》、みぃぞれ降ったれば
すゞらんの実ぃ、みんな赤ぐなて、
雪の支度のしろうさぎぁ、
きいらりきいらど歯ぁみがぐ。」
[#ここで字下げ終わり]
ところが
「ボッ。」
音はまだやみません。
耕平はしばらく馬
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