て、もう大丈夫です。今に晩方また来て見ませう。みなさんもなかなか忙がしいでせうから。

     (二)[#「(二)」は縦中横]

 夕方です。向ふの山は群青《ぐんじゃう》いろのごくおとなしい海鼠《なまこ》のやうによこになり、耕平はせなかいっぱい荷物をしょって、遠くの遠くのあくびのあたりの野原から、だんだん帰って参ります。しょってゐるのはみな野葡萄の実にちがひありません。参ります、参ります。日暮れの草をどしゃどしゃふんで、もうすぐそこに来てゐます。やって来ました。お早う、お早う。そら、
[#ここから4字下げ]
耕平は、一等卒の服を着て、
野原に行って、
葡萄《ぶだう》をいっぱいとって来た、いゝだらう。
[#ここで字下げ終わり]
「ふん。あだりまぃさ。あだりまぃのごとだん[#「ん」は小書き]ぢゃ。」耕平が云ってゐます。
 さうですとも、けだしあたりまへのことです。一日いっぱい葡萄ばかり見て、葡萄ばかりとって、葡萄ばかり袋へつめこみながら、それで葡萄がめづらしいと云ふのなら、却《かへ》って耕平がいけないのです。

     (三)[#「(三)」は縦中横]

 すっかり夜になりました。耕平のうちには黄いろのラムプがぼんやりついて、馬屋では馬もふんふん云ってゐます。
 耕平は、さっき頬《ほ》っぺたの光るくらゐご飯を沢山喰べましたので、まったく嬉《うれ》しがって赤くなって、ふうふう息をつきながら、大きな木鉢《きばち》へ葡萄のつぶをパチャパチャむしってゐます。
 耕平のおかみさんは、ポツンポツンとむしってゐます。
 耕平の子は、葡萄の房を振りまはしたり、パチャンと投げたりするだけです。何べん叱《しか》られてもまたやります。
「おゝ、青《あゑ》い青《あゑ》い、見《め》る見《め》る。」なんて云ってゐます。その黒光りの房の中に、ほんの一つか二つ、小さな青いつぶがまじってゐるのです。
 それが半分すきとほり、青くて堅くて、藍晶石《らんしゃうせき》より奇麗です。あっと、これは失礼、青ぶだうさん、ごめんなさい。コンネテクカット大学校を、最優等で卒業しながら、まだこんなこと私は云ってゐるのですよ。みなさん、私がいけなかったのです。宝石は宝石です。青い葡萄は青い葡萄です。それをくらべたりなんかして全く私がいけないのです。実際コンネテクカット大学校で、私の習ってきたことは、「お前はきょろきょろ、
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