などが生えてゐましたが又所々にはあざみやせいの低いひどくねぢれた楊《やなぎ》などもありました。
 水がじめじめしてその表面にはあちこち赤い鉄の渋が湧《わ》きあがり見るからどろどろで気味も悪いのでした。
 そのまん中の小さな島のやうになった所に丸太で拵《こしら》へた高さ一間ばかりの土神の祠《ほこら》があったのです。
 土神はその島に帰って来て祠の横に長々と寝そべりました。そして黒い瘠《や》せた脚をがりがり掻《か》きました。土神は一羽の鳥が自分の頭の上をまっすぐに翔《か》けて行くのを見ました。すぐ土神は起き直って「しっ」と叫びました。鳥はびっくりしてよろよろっと落ちさうになりそれからまるではねも何もしびれたやうにだんだん低く落ちながら向ふへ遁《に》げて行きました。
 土神は少し笑って起きあがりました。けれども又すぐ向ふの樺の木の立ってゐる高みの方を見るとはっと顔色を変へて棒立ちになりました。それからいかにもむしゃくしゃするといふ風にそのぼろぼろの髪毛を両手で掻きむしってゐました。
 その時谷地の南の方から一人の木樵《きこり》がやって来ました。三つ森山の方へ稼《かせ》ぎに出るらしく谷地のふちに沿った細い路《みち》を大股《おほまた》に行くのでしたがやっぱり土神のことは知ってゐたと見えて時々気づかはしさうに土神の祠《ほこら》の方を見てゐました。けれども木樵《きこり》には土神の形は見えなかったのです。
 土神はそれを見るとよろこんでぱっと顔を熱《ほて》らせました。それから右手をそっちへ突き出して左手でその右手の手首をつかみこっちへ引き寄せるやうにしました。すると奇体なことは木樵はみちを歩いてゐると思ひながらだんだん谷地《やち》の中に踏み込んで来るやうでした。それからびっくりしたやうに足が早くなり顔も青ざめて口をあいて息をしました。土神は右手のこぶしをゆっくりぐるっとまはしました。すると木樵はだんだんぐるっと円くまはって歩いてゐましたがいよいよひどく周章《あわ》てだしてまるではあはあはあはあしながら何べんも同じ所をまはり出しました。何でも早く谷地から遁《に》げて出ようとするらしいのでしたがあせってもあせっても同じ処《ところ》を廻ってゐるばかりなのです。たうとう木樵はおろおろ泣き出しました。そして両手をあげて走り出したのです。土神はいかにも嬉《うれ》しさうににやにやにやにや笑って寝そべったまゝそれを見てゐましたが間もなく木樵がすっかり逆上《のぼ》せて疲れてばたっと水の中に倒れてしまひますと、ゆっくりと立ちあがりました。そしてぐちゃぐちゃ大股にそっちへ歩いて行って倒れてゐる木樵のからだを向ふの草はらの方へぽんと投げ出しました。木樵は草の中にどしりと落ちてううんと云ひながら少し動いたやうでしたがまだ気がつきませんでした。
 土神は大声に笑ひました。その声はあやしい波になって空の方へ行きました。
 空へ行った声はまもなくそっちからはねかへってガサリと樺《かば》の木の処にも落ちて行きました。樺の木ははっと顔いろを変へて日光に青くすきとほりせはしくせはしくふるへました。
 土神はたまらなさうに両手で髪を掻《か》きむしりながらひとりで考へました。おれのこんなに面白くないといふのは第一は狐《きつね》のためだ。狐のためよりは樺の木のためだ。狐と樺の木とのためだ。けれども樺の木の方はおれは怒ってはゐないのだ。樺の木を怒らないためにおれはこんなにつらいのだ。樺の木さへどうでもよければ狐などはなほさらどうでもいゝのだ。おれはいやしいけれどもとにかく神の分際だ。それに狐のことなどを気にかけなければならないといふのは情ない。それでも気にかゝるから仕方ない。樺の木のことなどは忘れてしまへ。ところがどうしても忘れられない。今朝は青ざめて顫《ふる》へたぞ。あの立派だったこと、どうしても忘られない。おれはむしゃくしゃまぎれにあんなあはれな人間などをいぢめたのだ。けれども仕方ない。誰《たれ》だってむしゃくしゃしたときは何をするかわからないのだ。
 土神はひとりで切ながってばたばたしました。空を又一|疋《ぴき》の鷹《たか》が翔《か》けて行きましたが土神はこんどは何とも云はずだまってそれを見ました。
 ずうっとずうっと遠くで騎兵の演習らしいパチパチパチパチ塩のはぜるやうな鉄砲の音が聞えました。そらから青びかりがどくどくと野原に流れて来ました。それを呑《の》んだためかさっきの草の中に投げ出された木樵はやっと気がついておづおづと起きあがりしきりにあたりを見廻しました。
 それから俄《には》かに立って一目散に遁《に》げ出しました。三つ森山の方へまるで一目散に遁げました。
 土神はそれを見て又大きな声で笑ひました。その声は又青ぞらの方まで行き途中から、バサリと樺《かば》の木の方へ落ちました
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