演習らしいパチパチパチパチ塩のはぜるような鉄砲《てっぽう》の音が聞えました。そらから青びかりがどくどくと野原に流れて来ました。それを呑《の》んだためかさっきの草の中に投げ出された木樵はやっと気がついておずおずと起きあがりしきりにあたりを見廻しました。
 それから俄かに立って一目散に遁げ出しました。三つ森山の方へまるで一目散に遁げました。
 土神はそれを見て又大きな声で笑いました。その声は又青ぞらの方まで行き途中《とちゅう》から、バサリと樺の木の方へ落ちました。
 樺の木は又はっと葉の色をかえ見えない位こまかくふるいました。
 土神は自分のほこらのまわりをうろうろうろうろ何べんも歩きまわってからやっと気がしずまったと見えてすっと形を消し融《と》けるようにほこらの中へ入って行きました。

   (四)[#「(四)」は縦中横]

 八月のある霧《きり》のふかい晩でした。土神は何とも云えずさびしくてそれにむしゃくしゃして仕方ないのでふらっと自分の祠《ほこら》を出ました。足はいつの間にかあの樺の木の方へ向っていたのです。本当に土神は樺の木のことを考えるとなぜか胸がどきっとするのでした。そして大へんに切なかったのです。このごろは大へんに心持が変ってよくなっていたのです。ですからなるべく狐のことなど樺の木のことなど考えたくないと思ったのでしたがどうしてもそれがおもえて仕方ありませんでした。おれはいやしくも神じゃないか、一本の樺の木がおれに何のあたいがあると毎日毎日土神は繰《く》り返して自分で自分に教えました。それでもどうしてもかなしくて仕方なかったのです。殊《こと》にちょっとでもあの狐のことを思い出したらまるでからだが灼《や》けるくらい辛《つら》かったのです。
 土神はいろいろ深く考え込《こ》みながらだんだん樺の木の近くに参りました。そのうちとうとうはっきり自分が樺の木のとこへ行こうとしているのだということに気が付きました。すると俄《にわ》かに心持がおどるようになりました。ずいぶんしばらく行かなかったのだからことによったら樺の木は自分を待っているのかも知れない、どうもそうらしい、そうだとすれば大へんに気の毒だというような考《かんがえ》が強く土神に起って来ました。土神は草をどしどし踏み胸を踊《おど》らせながら大股《おおまた》にあるいて行きました。ところがその強い足なみもいつかよろよ
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