はいって行きました。小藪《こやぶ》のそばを通るとき、さるとりいばらが緑色《みどりいろ》のたくさんのかぎを出して、王子の着物《きもの》をつかんで引き留《と》めようとしました。はなそうとしてもなかなかはなれませんでした。
王子はめんどうくさくなったので剣《つるぎ》をぬいていきなり小藪《こやぶ》をばらんと切ってしまいました。
そして二人はどこまでもどこまでも、むくむくの苔《こけ》やひかげのかずらをふんで森の奥《おく》の方へはいって行きました。
森の木は重《かさ》なり合ってうす暗《ぐら》いのでしたが、そのほかにどうも空まで暗《くら》くなるらしいのでした。
それは、森の中に青くさし込《こ》んでいた一本の日光の棒《ぼう》が、ふっと消《き》えてそこらがぼんやりかすんできたのでもわかりました。
また霧《きり》が出たのです。林の中はまもなくぼんやり白くなってしまいました。もう来た方がどっちかもわからなくなってしまったのです。
王子はためいきをつきました。
大臣《だいじん》の子もしきりにあたりを見ましたが、霧《きり》がそこらいっぱいに流《なが》れ、すぐ眼《め》の前の木だけがぼんやりかすんで見えるだけです。二人は困《こま》ってしまって腕《うで》を組んで立ちました。
すると小さなきれいな声で、誰《だれ》か歌いだしたものがあります。
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「ポッシャリ、ポッシャリ、ツイツイ、トン。
はやしのなかにふる霧《きり》は、
蟻《あり》のお手玉、三角帽子《さんかくぼうし》の、一寸法師《いっすんぼうし》のちいさなけまり」
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霧《きり》がトントンはね踊《おど》りました。
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「ポッシャリ、ポッシャリ、ツイツイ、トン。
はやしのなかにふる霧《きり》は、
くぬぎのくろい実《み》、柏《かしわ》の、かたい実《み》のつめたいおちち」
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霧《きり》がポシャポシャ降《ふ》ってきました。そしてしばらくしんとしました。
「誰《だれ》だろう。ね。誰《だれ》だろう。あんなことうたってるのは。二、三人のようだよ」
二人《ふたり》はまわりをきょろきょろ見ましたが、どこにも誰《だれ》もいませんでした。
声はだんだん高くなりました。それはじょうずな芝笛《しばぶえ》のように聞こえるのでした。
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