私どもはそのはんのきの中にかくれてゐようと思ったのです。
「さうしよう。早く行かないと見つかるぜ。」
「さあ走ってかう。」
私どもはそこでまるで一目散にその野原の一本みちを走りました。あんまり苦しくて息がつけなくなるととまって空を向いてあるき又うしろを見てはかけ出し、走って走ってたうとう寺林についたのです。そこでみちからはなれてはんのきの中にかくれました。けれども虫がしんしん鳴き時々鳥が百|匹《ぴき》も一かたまりになってざあと通るばかり、一向人も来ないやうでしたからだんだん私たちは恐《こは》くなくなってはんのきの下の萱《かや》をがさがさわけて初茸《はつたけ》[#「初茸」はママ]をさがしはじめました。いつものやうにたくさん見附かりましたから私はいつか長官のことも忘れてしきりにとって居《を》りました。
すると俄《には》かに慶次郎が私のところにやって来てしがみつきました。まるで私の耳のそばでそっと云ったのです。
「来たよ、来たよ。たうとう来たよ。そらね。」
私は萱の間からすかすやうにして私どもの来た方を見ました。向ふから二人の役人が大急ぎで路《みち》をやって来るのです。それも何だかみちから外《そ》れて私どもの林へやって来るらしいのです。さあ、私どもはもう息もつまるやうに思ひました。ずんずん近づいて来たのです。
「この林だらう。たしかにこれだな。」
一人の顔の赤い体格のいゝ紺の詰えりを着た方の役人が云ひました。
「うん、さうだ。間違ひないよ。」も一人の黒い服の役人が答へました。さあ、もう私たちはきっと殺されるにちがひないと思ひました。まさかこんな林には気も付かずに通り過ぎるだらうと思ってゐたら二人の役人がどこかで番をして見てゐたのです、万一殺されないにしてももう縛られると私どもは覚悟しました。慶次郎の顔を見ましたらやっぱりまっ青で唇《くちびる》まで乾いて白くなってゐました。私は役人に縛られたときとった蕈《きのこ》を持たせられて町を歩きたくないと考へました。そこでそっと慶次郎に云ひました。
「縛られるよ。きっと縛られる。きのこをすてよう。きのこをさ。」
慶次郎はなんにも云はないでだまってきのこをはきごのまゝ棄《す》てました。私も籠《かご》のひもからそっと手をはなしました。ところが二人の役人はべつに私どもをつかまへに来たのでもないやうでした。
うろうろ木の高いとこ
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