大力これを見て、はやこの上はこの身を以て親の餌食《えじき》とならんものと、いきなり堅《かた》く身をちぢめ、息を殺してはりより床《ゆか》へと落ちなされたのじゃ。その痛さより、身は砕《くだ》くるかと思えども、なおも命はあらしゃった。されども慈悲《じひ》もある人の、生きたと見てはとても食《とう》べはせまいとて、息を殺し眼《め》をつぶっていられたじゃ。そしてとうとう願かなってその親子をば養われたじゃ。その功徳《くどく》より、疾翔大力様は、ついに仏にあわれたじゃ。そして次第に法力《ほうりき》を得て、やがてはさきにも申した如く、火の中に入れどもその毛一つも傷つかず、水に入れどもその羽一つぬれぬという、大力の菩薩《ぼさつ》となられたじゃ。今このご文《もん》は、この大菩薩が、悪業《あくごう》のわれらをあわれみて、救護《くご》の道をば説かしゃれた。その始めの方じゃ。しばらく休んで次の講座で述べるといたす。
 南無《なむ》疾翔大力、南無疾翔大力。
 みなの衆しばらくゆるりとやすみなされ。」
 いちばん高い木の黒い影が、ばたばた鳴って向うの低い木の方へ移ったようでした。やっぱりふくろうだったのです。
 それと同時に、林の中は俄《にわ》かにばさばさ羽の音がしたり、嘴《くちばし》のカチカチ鳴る音、低くごろごろつぶやく音などで、一杯《いっぱい》になりました。天《あま》の川《がわ》が大分まわり大熊星《おおぐまぼし》がチカチカまたたき、それから東の山脈の上の空はぼおっと古めかしい黄金《きん》いろに明るくなりました。
 前の汽車と停車場で交換《こうかん》したのでしょうか、こんどは南の方へごとごと走る音がしました。何だか車のひびきが大へん遅《おそ》く貨物列車らしかったのです。
 そのとき、黒い東の山脈の上に何かちらっと黄いろな尖《とが》った変なかたちのものがあらわれました。梟《ふくろう》どもは俄にざわっとしました。二十四日の黄金《きん》の角《つの》、鎌《かま》の形の月だったのです。忽《たちま》ちすうっと昇《のぼ》ってしまいました。沼《ぬま》の底の光のような朧《おぼろ》な青いあかりがぼおっと林の高い梢《こずえ》にそそぎ一疋の大きな梟が翅《はね》をひるがえしているのもひらひら銀いろに見えました。さっきの説教の松の木のまわりになった六本にはどれにも四疋から八疋ぐらいまで梟がとまっていました。低く出た三本のな
前へ 次へ
全22ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング