ぐり、赤い火星ももう西ぞらに入りました。
 梟の坊さんはしばらくゴホゴホ咳嗽《せき》をしていましたが、やっと心を取り直して、又講義をつづけました。
「みなの衆、まず試《ため》しに、自分がみそさざいにでもなったと考えてご覧《ろう》じ。な。天道《てんとう》さまが、東の空へ金色《こんじき》の矢を射なさるじゃ、林樹は青く枝《えだ》は揺《ゆ》るる、楽しく歌をばうたうのじゃ、仲よくおうた友だちと、枝から枝へ木から木へ、天道さまの光の中を、歌って歌って参るのじゃ、ひるごろならば、涼《すず》しい葉陰《はかげ》にしばしやすんで黙《だま》るのじゃ、又ちちと鳴いて飛び立つじゃ、空の青板をめざすのじゃ、又小流れに参るのじゃ、心の合うた友だちと、ただ暫《しば》らくも離れずに、歌って歌って参るのじゃ、さてお天道さまが、おかくれなされる、からだはつかれてとろりとなる、油のごとく、溶《と》けるごとくじゃ。いつかまぶたは閉じるのじゃ、昼の景色を夢《ゆめ》見るじゃ、からだは枝に留《とど》まれど、心はなおも飛びめぐる、たのしく甘《あま》いつかれの夢の光の中じゃ。そのとき俄かにひやりとする。夢かうつつか、愕《おどろ》き見れば、わが身は裂けて、血は流れるじゃ。燃えるようなる、二つの眼《め》が光ってわれを見詰《みつ》むるじゃ。どうじゃ、声さえ発《た》とうにも、咽喉《のど》が狂《くる》うて音が出ぬじゃ。これが則《すなわ》ち利爪《りそう》深くその身に入り、諸《もろもろ》の小禽痛苦又声を発するなしの意なのじゃぞ。されどもこれは、取らるる鳥より見たるものじゃ。捕《と》る此方《こなた》より眺《なが》むれば、飛躍してこれを握《つか》むと斯《こ》うじゃ。何の罪なく眠れるものを、ただ一打《ひとうち》ととびかかり、鋭《するど》い爪《つめ》でその柔《やわらか》な身体《からだ》をちぎる、鳥は声さえよう発てぬ、こちらはそれを嘲笑《あざわら》いつつ、引き裂くじゃ。何たるあわれのことじゃ。この身とて、今は法師にて、鳥も魚も襲《おそ》わねど、昔《むかし》おもえば身も世もあらぬ。ああ罪業《ざいごう》のこのからだ、夜毎《よごと》夜毎の夢とては、同じく夜叉の業をなす。宿業《しゅくごう》の恐ろしさ、ただただ呆《あき》るるばかりなのじゃ。」
 風がザアッとやって来ました。木はみな波のようにゆすれ、坊さんの梟も、その中に漂《ただよ》う舟《ふね》のよう
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