松《まつ》の梢《こずえ》はみなしずかにゆすれました。
 空には所々雲もうかんでいるようでした。それは星があちこちめくらにでもなったように黒くて光っていなかったからです。
 俄かに西の方から一疋の大きな褐色《かっしょく》の梟が飛んで来ました。そしてみんなの入口の低い木にとまって声をひそめて云いました。
「やっぱり駄目《だめ》だ。穂吉さんももうあきらめているようだよ。さっきまではばたばたばたばた云っていたけれども、もう今はおとなしく臼《うす》の上にとまっているよ。それから紐《ひも》が何だか変ったようだよ。前は右足だったが、今度は左脚《ひだりあし》に結《ゆわ》いつけられて、それに紐の色が赤いんだ。けれどもただひとついいことは、みんな大抵《たいてい》寝《ね》てしまったんだ。さっきまで穂吉さんの眼を指で突《つ》っつこうとした子供などは、腹かけだけして、大の字になって寝ているよ。」
 穂吉のお母さんの梟は、まるで火がついたように声をあげて泣きました。それにつれて林中の女のふくろうがみなしいんしいんと泣きました。
 梟の坊さんは、じっと星ぞらを見あげて、それからしずかにたずねました。
「この世界は全くこの通りじゃ。ただもうみんなかなしいことばかりなのじゃ。どうして又あんなおとなしい子が、人につかまるような処に出たもんじゃろうなあ。」
 説教の木のとなりに居た鼠《ねずみ》いろの梟は恭々《うやうや》しく答えました。
「今朝あけ方近くなってから、兄弟三人で出掛《でか》けたそうでございます。いつも人の来るような処ではなかったのでございます。そのうち朝日が出ましたので、眩《まぶ》しさに三疋とも、しばらく眼を瞑《つぶ》っていたそうでございます。すると、丁度子供が二人、草刈《くさか》りに来て居ましたそうで、穂吉もそれを知らないうちに、一人がそっとのぼって来て、穂吉の足を捉《つか》まえてしまったと申します。」
「あああわれなことじゃ、ふびんなはなしじゃ、あんなおとなしいいい子でも、何の因果じゃやら。できるなればわしなどで代ってやりたいじゃ。」
 林はまたしいんとなりました。しばらくたって、またばたばたと一疋の梟が飛んで戻《もど》って参りました。
「穂吉さんはね、臼の上をあるいていたよ。あの赤の紐を引き裂《さ》こうとしていたようだったけれど、なかなか容易じゃないんだ。私はもう、どこか隙間《すきま》
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