楢ノ木大学士の野宿
宮沢賢治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)家《うち》へ

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)貝の火|兄弟《けいてい》商会

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#小書き片仮名ル、1−6−92]
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楢ノ木大学士は宝石学の専門だ。
ある晩大学士の小さな家《うち》へ、
「貝の火|兄弟《けいてい》商会」の、
赤鼻の支配人がやって来た。
「先生、ごく上等の蛋白石《たんぱくせき》の注文があるのですがどうでしょう、お探しをねがえませんでしょうか。もっともごくごく上等のやつをほしいのです。何せ相手がグリーンランドの途方《とほう》もない成金《なりきん》ですから、ありふれたものじゃなかなか承知しないんです。」
大学士は葉巻を横にくわえ、
雲母紙《うんもし》を張った天井《てんじょう》を、
斜《なな》めに見上げて聴《き》いていた。
「たびたびご迷惑《めいわく》で、まことに恐《おそ》れ入りますが、いかがなもんでございましょう。」
そこで楢ノ木大学士は、
にやっと笑って葉巻をとった。
「うん、探してやろう。蛋白石のいいのなら、流紋玻璃《りゅうもんはり》を探せばいい。探してやろう。僕《ぼく》は実際、一ぺんさがしに出かけたら、きっともう足が宝石のある所へ向くんだよ。そして宝石のある山へ行くと、奇体《きたい》に足が動かない。直覚だねえ。いや、それだから、却《かえ》って困ることもあるよ。たとえば僕は一千九百十九年の七月に、アメリカのジャイアントアーム会社の依嘱《いしょく》を受けて、紅宝玉《ルビー》を探しにビルマへ行ったがね、やっぱりいつか足は紅宝玉《ルビー》の山へ向く。それからちゃんと見附《みつ》かって、帰ろうとしてもなかなか足があがらない。つまり僕と宝石には、一種の不思議な引力が働いている、深く埋《うず》まった紅宝玉《ルビー》どもの、日光の中へ出たいというその熱心が、多分は僕の足の神経に感ずるのだろうね。その時も実際困ったよ。山から下りるのに、十一時間もかかったよ。けれどもそれがいまのバララゲの紅宝玉坑《ルビーこう》さ。」
「ははあ、そいつはどうもとんだご災難でございました。しかしいかがでございましょう。こんども多分は
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