ゐるとか、そんなやうな事情から、ふっとその引力を感じないといふやうなことはあるかもしれない。しかしとにかく行って来よう。二週間目にはきっと帰るから。」
「それでは何分お願ひいたします。これはまことに軽少ですが、当座の旅費のつもりです。」
貝の火兄弟商会の、
鼻の赤いその支配人は、
ねずみ色の状袋を、
上着の内衣嚢《うちポケット》から出した。
「さうかね。」
大学士は別段気にもとめず、
手を延ばして状袋をさらひ、
自分の衣嚢《かくし》に投げこんだ。
「では何分とも、よろしくお願ひいたします。」
そして「貝の火|兄弟《けいてい》商会」の、
赤鼻の支配人は帰って行った。
次の日諸君のうちの誰《たれ》かは、
きっと上野の停車場で、
途方もない長い外套《ぐゎいたう》を着、
変な灰色の袋のやうな背嚢《はいなう》をしょひ、
七キログラムもありさうな、
素敵な大きなかなづちを、
持った紳士を見ただらう。
それは楢《なら》の木大学士だ。
宝石を探しに出掛けたのだ。
出掛けた為《ため》にたうとう楢ノ木大学士の、
野宿といふことも起ったのだ。
三晩といふもの起ったのだ。

  野宿第一夜

四月二十日の午后
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