いたしました。」
「はぁい。いまだんだんそっちを向きますから。ようっと。はい、はい。これは、なるほど。ふふん。一寸《ちょっと》脈をお見せ、はい。こんどはお舌、ははあ、よろしい。そして第十八へきかい予備面が痛いと。なるほど、ふんふん、いやわかりました。どうもこの病気は恐《こは》いですよ。それにお前さんのからだは大地の底に居たときから慢性りょくでい病にかかって大分軟化してますからね、どうも恢復《くゎいふく》の見込がありません。」
病人はキシキシと泣く。
「お医者さん。私の病気は何でせう。いつごろ私は死にませう。」
「さやう、病人が病名を知らなくてもいゝのですがまあ蛭石《ひるいし》病の初期ですね、所謂《いはゆる》ふう病の中の一つ。俗にかぜは万病のもとと云ひますがね。それから、えゝと、も一つのご質問はあなたの命でしたかね。さやう、まあ長くても一万年は持ちません。お気の毒ですが一万年は持ちません。」
「あゝあ、さっきのホンブレンのやつの呪《のろ》ひが利いたんだ。」
「いや、いや。そんなことはない。けだし、風病にかかって土になることはけだしすべて吾人《ごじん》に免かれないことですから。けだし。」
「あゝ、プラヂョさん。どんな手あてをいたしたらよろしうございませうか。」
「さあ、さう云ふ工合《ぐあひ》に泣いてゐるのは一番よろしくありません。からだをねぢってあちこちのへきかいよび面にすきまをつくるのはなほさら、よろしくありません。その他風にあたれば病気のしゃうけつを来します。日にあたれば病勢がつのります。霜にあたれば病勢が進みます。露にあたれば病状がかう進します。雪にあたれば症状が悪変します。じっとしてゐるのはなほさらよろしくありません。それよりは、その、精神的に眼をつむって観念するのがいゝでせう、わがこの恐れるところの死なるものは、そもそも何であるか、その本質はいかん、生死|巌頭《がんとう》に立って、をかしいぞ、はてな、をかしい、はて、これはいかん、あいた、いた、いた、いた、いた、」
「プラヂョさん、プラヂョさん、しつかりなさい。一体どうなすったのです。」
「うむ、私も、うむ、風病のうち、うむ、うむ。」
「苦しいでせう、これはほんたうにお気の毒なことになりました。」
「うむ、うむ、いゝえ、苦しくありません。うむ。」
「何かお手あていたしませう。」
「うむ、うむ、実はわたくしも地面の底から、うむ、うむ、大分カオリン病にかかってゐた、うむ、オーソクレさん、オーソクレさん。うむ、今こそあなたにも明します。あなたも丁度わたし同様の病気です。うむ。」
「あゝ、やっぱりさやうでございましたか。全く、全く、全く、実に、実に、あいた、いた、いた、いた。」
そこでホンブレンドの声がした。
「ずゐぶん神経過敏な人だ。すると病気でないものは僕とクォーツさんだけだ。」
「うむ、うむ、そのホンブレンもバイオタと同病。」
「あ、いた、いた、いた。」
「おや、おや、どなたもずゐぶん弱い。健康なのは僕一人。」
「うむ、うむ、そのクォーツさんもお気の毒ですがクウシャウ中の瓦斯《ガス》が病因です。うむ。」
「あいた、いた、いた、いた。た。」
「ずゐぶんひどい医者だ。漢方の藪医《やぶい》だな。たうとうみんな風化かな。」
大学士は又新らしく
たばこをくはへてにやにやする。
耳の下では鉱物どもが
声をそろへて叫んでゐた。
「あ、いた、いた、いた、いた、た、たた。」
みんなの声はだんだん低く
たうとうしんとしてしまふ。
「はてな、みんな死んだのか。あるいは僕だけ聞えなくなったのか。」
大学士はみかげのかけらを
手にとりあげてつくづく見て
パチッと向ふの隅《すみ》へ弾《はじ》く。
それから榾《ほだ》を一本くべた。
その時はもうあけ方で
大学士は背嚢《はいなう》から
巻煙草《まきたばこ》を二包み出して
榾のお礼に藁《わら》に置き
背嚢をしょひ小屋を出た。
石切場の壁はすっかり白く
その西側の面だけに
月のあかりがうつってゐた。
野宿第三夜
(どうも少し引き受けやうが軽率だったな。グリーンランドの成金がびっくりする程立派な蛋白石《たんぱくせき》などを、二週間でさがしてやらうなんてのは、実際少し軽率だった。
どうも斯《か》う人の居ない海岸などへ来て、つくづく夕方歩いてゐると東京のまちのまん中で鼻の赤い連中などを相手にして、いゝ加減の法螺《ほら》を吹いたことが全く情けなくなっちまふ。どうだ、この頁岩《けつがん》の陰気なこと。全くいやになっちまふな。おまけに海も暗くなったし、なかなか、流紋玻璃《りうもんはり》にも出《で》っ会《く》はさない。それに今夜もやっぱり野宿だ。野宿も二晩ぐらゐはいゝが、三晩となっちゃうんざりするな。けれども、まあ、仕方もないさ。ビスケットのあるうちは、歩いて野宿
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