》えしようか。」
と斯《か》う云った。
兄貴はわらふ、
「一吠えってもう何十万年を、きさまはぐうぐう寝てゐたのだ。それでもいくらかまだ力が残ってゐるのか」
無精な弟は只《ただ》一言《ひとこと》
「ない」
と答へた。
そして又長い顎《あご》をうでに載せ、
ぽっかりぽっかり寝てしまふ。
しづかなラクシャン第三子が
ラクシャンの第|四子《しし》に云ふ
「空が大へん軽くなったね、あしたの朝はきっと晴れるよ。」
「えゝ今夜は鷹《たか》が出ませんね」
兄は笑って弟を試す。
「さっきの野火で鷹の子供が焼けたのかな。」
弟は賢く答へた。
「鷹の子供は、もう余程、毛も剛《こは》くなりました。それに仲々強いから、きっと焼けないで遁《に》げたでせう」
兄は心持よく笑ふ。
「そんなら結構だ、さあもう兄さんたちはよくおやすみだ。楢《なら》ノ木大学士と云ふやつもよく睡《ねむ》ってゐる。さっきから僕等の夢を見てゐるんだぜ。」
するとラクシャン第四子が
ずるさうに一寸《ちょっと》笑ってかう云った。
「そんなら僕一つおどかしてやらう。」
兄のラクシャン第三子が
「よせよせいたづらするなよ」
と止めたが
いたづらの弟はそれを聞かずに
光る大きな長い舌を出して
大学士の額をべろりと嘗《な》めた。
大学士はひどくびっくりして
それでも笑ひながら眼をさまし
寒さにがたっと顫《ふる》へたのだ。
いつか空がすっかり晴れて
まるで一面星が瞬き
まっ黒な四つの岩頸《がんけい》が
たゞしくもとの形になり
じっとならんで立ってゐた。

  野宿第二夜

わが親愛な楢《なら》ノ木大学士は
例の長い外套《ぐゎいたう》を着て
夕陽《ゆふひ》をせ中に一杯浴びて
すっかりくたびれたらしく
度々空気に噛《か》みつくやうな
大きな欠伸《あくび》をやりながら
平らな熊出《くまで》街道を
すたすた歩いて行ったのだ。
俄《には》かに道の右側に
がらんとした大きな石切場が
口をあいてひらけて来た。
学士は咽喉《のど》をこくっと鳴らし
中に入って行きながら
三角の石かけを一つ拾ひ
「ふん、こゝも角閃花崗岩《かくせんくゎかうがん》」と
つぶやきながらつくづくと
あたりを見れば石切場、
石切りたちも帰ったらしく
小さな笹《ささ》の小屋が一つ
淋《さび》しく隅《すみ》にあるだけだ。
「こいつはうまい。丁度いゝ。どうもひとのうちの門口《かどぐち》に立
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