ずゐぶんしばらく光ってから
やっとしづまって斯《か》う云った。
「水と空気かい。あいつらは朝から晩まで、俺《おい》らの耳のそば迄《まで》来て、世界の平和の為に、お前らの傲慢《がうまん》を削るとかなんとか云ひながら、毎日こそこそ、俺らを擦《こす》って耗《へら》して行くが、まるっきりうそさ。何でもおれのきくとこに依《よ》ると、あいつらは海岸のふくふくした黒土や、美しい緑いろの野原に行って知らん顔をして溝《みぞ》を掘るやら、濠《ほり》をこさへるやら、それはどうも実にひどいもんださうだ。話にも何にもならんといふこった。」
ラクシャンの第三子も
つい大声で笑ってしまふ。
「兄さん。なんだか、そんな、こじつけみたいな、あてこすりみたいな、芝居のせりふのやうなものは、一向あなたに似合ひませんよ。」
ところがラクシャン第一子は
案外に怒り出しもしなかった。
きらきら光って大声で
笑って笑って笑ってしまった。
その笑ひ声の洪水は
空を流れて遙《はる》かに遙かに南へ行って
ねぼけた雷のやうにとゞろいた。
「うん、さうだ、もうあまり、おれたちのがらにもない小理窟《こりくつ》は止《よ》さう。おれたちのお父さんにすまない。お父さんは九つの氷河を持っていらしゃったさうだ。そのころは、こゝらは、一面の雪と氷で白熊《しろくま》や雪狐《ゆきぎつね》や、いろいろなけものが居たさうだ。お父さんはおれが生れるときなくなられたのだ。」
俄《には》かにラクシャンの末子《まっし》が叫ぶ。
「火が燃えてゐる。火が燃えてゐる。大兄さん。大兄さん。ごらんなさい。だんだん拡《ひろ》がります。」
ラクシャン第一子がびっくりして叫ぶ。
「熔岩《ようがん》、用意っ。灰をふらせろ、えい、畜生、何だ、野火か。」
その声にラクシャンの第二子が
びっくりして眼をさまし、
その長い顎《あご》をあげて、
眼を釘《くぎ》づけにされたやうに
しばらく野火をみつめてゐる。
「誰《たれ》かやったのか。誰だ、誰だ、今ごろ。なんだ野火か。地面の挨《ほこり》をさらさらさらっと掃除する、てまへなんぞに用はない。」
するとラクシャンの第一子が
ちょっと意地悪さうにわらひ
手をばたばたと振って見せて
「石だ、火だ。熔岩だ。用意っ。ふん。」
と叫ぶ。
ばかなラクシャンの第二子が
すぐ釣り込まれてあわて出し
顔いろをぽっとほてらせながら
「おい兄貴、一|吠《ほ
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