椒《さんしょう》の皮を春の午《うま》の日の暗夜《やみよ》に剥《む》いて土用を二回かけて乾《かわ》かしうすでよくつく、その目方一|貫匁《かんめ》を天気のいい日にもみじの木を焼いてこしらえた木灰七百匁とまぜる、それを袋《ふくろ》に入れて水の中へ手でもみ出すことです。
そうすると、魚はみんな毒をのんで、口をあぶあぶやりながら、白い腹を上にして浮びあがるのです。そんなふうにして、水の中で死ぬことは、この国の語《ことば》ではエップカップと云いました。これはずいぶんいい語です。
とにかくこの毒もみをするものを押《おさ》えるということは警察のいちばん大事な仕事でした。
ある夏、この町の警察へ、新らしい署長さんが来ました。
この人は、どこか河獺《かわうそ》に似ていました。赤ひげがぴんとはねて、歯はみんな銀の入歯でした。署長さんは立派な金モールのついた、長い赤いマントを着て、毎日ていねいに町をみまわりました。
驢馬《ろば》が頭を下げてると荷物があんまり重過ぎないかと驢馬追いにたずねましたし家の中で赤《あか》ん坊《ぼう》があんまり泣いていると疱瘡《ほうそう》の呪《まじな》いを早くしないといけないとお母さんに教えました。
ところがそのころどうも規則の第一条を用いないものができてきました。あの河原のあちこちの大きな水たまりからいっこう魚が釣《つ》れなくなって時々は死んで腐《くさ》ったものも浮いていました。また春の午の日の夜の間に町の中にたくさんある山椒の木がたびたびつるりと皮を剥かれておりました。けれども署長さんも巡査《じゅんさ》もそんなことがあるかなあというふうでした。
ところがある朝手習の先生のうちの前の草原で二人の子供がみんなに囲まれて交《かわ》る交《がわ》る話していました。
「署長さんにうんと叱《しか》られたぞ」
「署長さんに叱られたかい。」少し大きなこどもがききました。
「叱られたよ。署長さんの居るのを知らないで石をなげたんだよ。するとあの沼《ぬま》の岸に署長さんが誰《たれ》か三四人とかくれて毒もみをするものを押えようとしていたんだ。」
「なんと云って叱られた。」
「誰だ。石を投げるものは。おれたちは第一条の犯人を押えようと思って一日ここに居るんだぞ。早く黙《だま》って帰れ。って云った。」
「じゃきっと間もなくつかまるねえ。」
ところがそれから半年ばかりたちますとまたこどもらが
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