ひましたよ。まだわたしの食べるものはなし、水はなし、すこしばかりお前さんのうちにためてあるふきのつゆを呉《く》れませんか。」と云ひました。
 するとなめくぢが云ひました。
「あげますともあげますとも、さあ、おあがりなさい。」
「あゝありがたうございます。助かります。」と云ひながらかたつむりはふきのつゆをどくどくのみました。
「もっとおあがりなさい。あなたと私《わたくし》とは云はば兄弟。ハッハハ。さあ、さあ、も少しおあがりなさい。」となめくぢが云ひました。
「そんならも少しいたゞきます。あゝありがたうございます。」と云ひながらかたつむりはも少しのみました。
「かたつむりさん。気分がよくなったら一つひさしぶりで相撲《すまふ》をとりませうか。ハッハハ。久しぶりです。」となめくぢが云ひました。
「おなかがすいて力がありません。」とかたつむりが云ひました。
「そんならたべ物をあげませう。さあ、おあがりなさい。」となめくぢはあざみの芽やなんか出しました。
「ありがたうございます。それではいたゞきます。」といひながらかたつむりはそれを喰べました。
「さあ、すまふをとりませう。ハッハハ。」となめくぢがもう立ちあがりました。かたつむりも仕方なく、
「私《わたし》はどうも弱いのですから強く投げないで下さい。」と云ひながら立ちあがりました。
「よっしょ。そら。ハッハハ。」かたつむりはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりませう。ハッハハ」
「もうつかれてだめです。」
「まあもう一ぺんやりませうよ。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」かたつむりはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりませう。ハッハハ。」
「もうだめです。」
「まあもう一ぺんやりませうよ。ハッハハ。よっしょ、そら。ハッハハ。」かたつむりはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりませう。ハッハハ。」
「もうだめ。」
「まあもう一ぺんやりませうよ。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」かたつむりはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりませう。ハッハハ。」
「もう死にます。さよなら。」
「まあもう一ぺんやりませうよ。ハッハハ。さあ。お立ちなさい。起こしてあげませう。よっしょ。そら。ヘッヘッヘ。」かたつむりは死んでしまひました。そこで銀色のなめくぢはかたつむりを殻ごとみしみし喰べてしまひました。
 それから一ヶ月ばかりたって、とかげがなめくぢの立派なおうちへびっこをひいて来ました。そして
「なめくぢさん。今日は。お薬をすこし呉れませんか。」と云ひました。
「どうしたのです。」となめくぢは笑って聞きました。
「へびに噛《か》まれたのです。」ととかげが云ひました。
「そんならわけはありません。私《わたし》が一寸《ちょっと》そこを嘗《な》めてあげませう。わたしが嘗めれば蛇《へび》の毒はすぐ消えます。なにせ蛇さへ溶けるくらゐですからな。ハッハハ。」となめくぢは笑って云ひました。
「どうかお願ひ申します」ととかげは足を出しました。
「えゝ。よござんすとも。私《わたくし》とあなたとは云はば兄弟。あなたと蛇も兄弟ですね。ハッハハ。」となめくぢは云ひました。
 そしてなめくぢはとかげの傷に口をあてました。
「ありがたう。なめくぢさん。」ととかげは云ひました。
「も少しよく嘗めないとあとで大変ですよ。今度又来てももう直してあげませんよ。ハッハハ。」となめくぢはもがもが返事をしながらやはりとかげを嘗めつゞけました。
「なめくぢさん。何だか足が溶けたやうですよ。」ととかげはおどろいて云ひました。
「ハッハハ。なあに。それほどぢゃありません。ハッハハ。」となめくぢはやはりもがもが答へました。
「なめくぢさん。おなかが何だか熱くなりましたよ。」ととかげは心配して云ひました。
「ハッハハ。なあにそれほどぢゃありません。ハッハハ。」となめくぢはやはりもがもが答へました。
「なめくぢさん。からだが半分とけたやうですよ。もうよして下さい。」ととかげは泣き声を出しました。
「ハッハハ。なあにそれほどぢゃありません。ほんのも少しです。ハッハハ。」となめくぢが云ひました。
 それを聞いたとき、とかげはやっと安心しました。安心したわけはそのとき丁度心臓がとけたのです。
 そこでなめくぢはペロリととかげをたべました。そして途方もなく大きくなりました。
 あんまり大きくなったので嬉《うれ》しまぎれについあの蜘蛛《くも》をからかったのでした。
 そしてかへって蜘蛛からあざけられて、熱病を起して、毎日毎日、ようし、おれも大きくなるくらゐ大きくなったらこんどはきっと虫けら院の名誉議員になってくもが何か云ったときふうと息だけついて返事してやらうと云ってゐた。ところがこのころからなめくぢの評判はどうもよくなくなりました。
 
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