しました。
「あはれやむすめちゝおやが、
 旅ではてたと聞いたなら、
 ちさいあの手に白手甲、
 いとし巡礼《じゅんれ》の雨とかぜ。
 まうしご冥加《みゃうが》ご報謝と、
 かどなみなみに立つとても、
 非道の蜘蛛の網ざしき、
 さはるまいぞや。よるまいぞ。」
「小しゃくなことを。」と蜘蛛はたゞ一息に、かげろふを食ひ殺してしまひました。そしてしばらくそらを向いて、腹をこすってからちょっと眼をぱちぱちさせて
「小しゃくなことを言ふまいぞ。」とふざけたやうに歌ひながら又糸をはきました。
 網は三まはり大きくなって、もう立派なかうもりがさのやうな巣だ。蜘蛛はすっかり安心して、又葉のかげにかくれました。その時下の方でいゝ声で歌ふのをききました。
「赤いてながのくぅも、
 天のちかくをはひまはり、
 スルスル光のいとをはき、
 きぃらりきぃらり巣をかける。」
 見るとそれはきれいな女の蜘蛛《くも》でした。
「こゝへおいで」と手長の蜘蛛が云って糸を一本すうっとさげてやりました。
 女の蜘蛛がすぐそれにつかまってのぼって来ました。そして二人は夫婦になりました。網には毎日沢山食べるものがかゝりましたのでおかみさんの蜘蛛は、それを沢山たべてみんな子供にしてしまひました。そこで子供が沢山生まれました。所がその子供らはあんまり小さくてまるですきとほる位です。
 子供らは網の上ですべったり、相撲《すまふ》をとったり、ぶらんこをやったり、それはそれはにぎやかです。おまけにある日とんぼが来て今度蜘蛛を虫けら会の副会長にするといふみんなの決議をつたへました。
 ある日夫婦のくもは、葉のかげにかくれてお茶をのんでゐますと、下の方でへらへらした声で歌ふものがあります。
「あぁかい手ながのくぅも、
 できたむすこは二百|疋《ぴき》、
 めくそ、はんかけ、蚊のなみだ、
 大きいところで稗《ひえ》のつぶ。」
 見るとそれはいつのまにかずっと大きくなったあの銀色のなめくぢでした。
 蜘蛛のおかみさんはくやしがって、まるで火がついたやうに泣きました。
 けれども手長の蜘蛛は云ひました。
「ふん、あいつはちかごろ、おれをねたんでるんだ。やい、なめくぢ。おれは今度は虫けら会の副会長になるんだぞ。へっ。くやしいか。へっ。てまへなんかいくらからだばかりふとっても、こんなことはできまい。へっへっ。」
 なめくぢはあんまりくやしくて、しばらく熱病になって、
「うう、くもめ、よくもぶじょくしたな。うう。くもめ。」といってゐました。
 網は時々風にやぶれたりごろつきのかぶとむしにこはされたりしましたけれどもくもはすぐすうすう糸をはいて修繕しました。
 二百疋の子供は百九十八疋まで蟻《あり》に連れて行かれたり、行衛《ゆくゑ》不明になったり、赤痢にかかったりして死んでしまひました。
 けれども子供らは、どれもあんまりお互ひに似てゐましたので、親ぐもはすぐ忘れてしまひました。
 そして今はもう網はすばらしいものです。虫がどんどんひっかゝります。
 ある日夫婦の蜘蛛《くも》は、葉のかげにかくれてまた茶をのんでゐますと、一疋の旅の蚊がこっちへ飛んで来て、それから網を見てあわてて飛び戻って行った。くもは三あしばかりそっちへ出て行ってあきれたやうにそっちを見送った。
 すると下の方で大きな笑ひ声がしてそれから太い声で歌ふのが聞えました。
「あぁかいてながのくぅも、
 てながの赤いくも
 あんまり網がまづいので、
 八千二百里旅の蚊も、
 くうんとうなってまはれ右。」
 見るとそれは顔を洗ったことのない狸《たぬき》でした。蜘蛛はキリキリキリッとはがみをして云ひました。
「何を。狸め。おれはいまに虫けら会の会長になってきっときさまにおじぎをさせて見せるぞ。」
 それからは蜘蛛は、もう一生けん命であちこちに十も網をかけたり、夜も見はりをしたりしました。ところが諸君困ったことには腐敗したのだ。食物があんまりたまって、腐敗したのです。そして蜘蛛の夫婦と子供にそれがうつりました。そこで四人《よったり》は足のさきからだんだん腐れてべとべとになり、ある日たうとう雨に流れてしまひました。
 ちゃうどそのときはつめくさの花のさくころで、あの眼の碧《あを》い蜂《はち》の群は野原ぢゅうをもうあちこちにちらばって一つ一つの小さなぼんぼりのやうな花から火でももらふやうにして蜜《みつ》を集めて居りました。

      二、銀色のなめくぢはどうしたか。

 丁度蜘蛛が林の入口の楢《なら》の木に、二銭銅貨の位の網をかけた頃、銀色のなめくぢの立派なうちへかたつむりがやって参りました。
 その頃《ころ》なめくぢは学校も出たし人がよくて親切だといふもう林中の評判だった。かたつむりは
「なめくぢさん。今度は私《わたし》もすっかり困ってしま
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