一、蜘蛛はどうしたか。

 蜘蛛は会の済んだ晩方じぶんのうちの森の入口の楢《なら》の木に帰って来ました。
 ところが蜘蛛はもう洞熊学校でお金をみんなつかってゐましたからもうなにひとつもってゐませんでした。そこでひもじいのを我慢して、ぼんやりしたお月様の光で網をかけはじめた。
 あんまりひもじくてからだの中にはもう糸もない位であった。けれども蜘蛛は
「いまに見ろ、いまに見ろ」と云《い》ひながら、一生けん命糸をたぐり出して、やっと小さな二銭銅貨位の網をかけた。そして枝のかげにかくれてひとばん眼をひからして網をのぞいてゐた。
 夜あけごろ、遠くから小さなこどものあぶがくうんとうなってやって来て網につきあたった。けれどもあんまりひもじいときかけた網なので、糸に少しもねばりがなくて、子どものあぶはすぐ糸を切って飛んで行かうとした。
 蜘蛛《くも》はまるできちがひのやうに、枝のかげから駆け出してむんずとあぶに食ひついた。
 あぶの子どもは「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」と哀れな声で泣いたけれども、蜘蛛は物も云はずに頭から羽からあしまで、みんな食ってしまった。そしてほっと息をついてしばらくそらを向いて腹をこすってから、又少し糸をはいた。そして網が一まはり大きくなった。
 蜘蛛はまた枝のかげに戻って、六つの眼をギラギラ光らせながらじっと網をみつめて居た。
「ここはどこでござりまするな。」と云ひながらめくらのかげろふが杖《つゑ》をついてやって来た。
「ここは宿屋ですよ。」と蜘蛛が六つの眼を別々にパチパチさせて云った。
 かげろふはやれやれといふやうに、巣へ腰をかけました。蜘蛛は走って出ました。そして
「さあ、お茶をおあがりなさい。」と云ひながらいきなりかげろふの胴中に噛《か》みつきました。
 かげろふはお茶をとらうとして出した手を空にあげて、バタバタもがきながら、
「あはれやむすめ、父親が、
 旅で果てたと聞いたなら」と哀れな声で歌ひ出しました。
「えい。やかましい。じたばたするな。」と蜘蛛が云ひました。するとかげろふは手を合せて
「お慈悲でございます。遺言のあひだ、ほんのしばらくお待ちなされて下されませ。」とねがひました。
 蜘蛛もすこし哀れになって
「よし早くやれ。」といってかげろふの足をつかんで待ってゐました。かげろふはほんたうにあはれな細い声ではじめから歌ひ直
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