ててふところから塩のふくろを出して云いました。
「土俵へ塩をまかなくちゃだめだ。そら。シュウ。」塩がまかれました。
なめくじが云いました。
「かえるさん。こんどはきっと私《わたくし》なんかまけますね。あなたは強いんだもの。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」蛙はひどく投げつけられました。
そして手足をひろげて青じろい腹を空に向けて死んだようになってしまいました。銀色のなめくじは、すぐペロリとやろうと、そっちへ進みましたがどうしたのか足がうごきません。見るともう足が半分とけています。
「あ、やられた。塩だ。畜生《ちくしょう》。」となめくじが云いました。
蛙はそれを聞くと、むっくり起きあがってあぐらをかいて、かばんのような大きな口を一ぱいにあけて笑いました。そしてなめくじにおじぎをして云いました。
「いや、さよなら。なめくじさん。とんだことになりましたね。」
なめくじが泣きそうになって、
「蛙さん。さよ……。」と云ったときもう舌がとけました。雨蛙はひどく笑いながら
「さよならと云いたかったのでしょう。本当にさよならさよなら。暗い細路《ほそみち》を通って向うへ行ったら私《わたし》の胃袋にどうかよろしく云って下さいな。」と云いながら銀色のなめくじをペロリとやりました。
三、顔を洗わない狸《たぬき》
狸は顔を洗いませんでした。
それもわざと洗わなかったのです。
狸は丁度蜘蛛が林の入口《いりくち》の楢《なら》の木に、二銭銅貨位の巣《す》をかけた時、すっかりお腹《なか》が空《す》いて一本の松《まつ》の木によりかかって目をつぶっていました。すると兎《うさぎ》がやって参りました。
「狸さま。こうひもじくては全く仕方ございません。もう死ぬだけでございます。」
狸がきもののえりを掻《か》き合せて云いました。
「そうじゃ。みんな往生じゃ。山猫大明神《やまねこだいみょうじん》さまのおぼしめしどおりじゃ。な。なまねこ。なまねこ。」
兎も一緒《いっしょ》に念猫《ねんねこ》をとなえはじめました。
「なまねこ、なまねこ、なまねこ、なまねこ。」
狸は兎の手をとってもっと自分の方へ引きよせました。
「なまねこ、なまねこ、みんな山猫さまのおぼしめしどおり、なまねこ。なまねこ。」と云いながら兎の耳をかじりました。兎はびっくりして叫《さけ》びました。
「あ痛っ。狸さん。ひどいじゃありませんか。」
狸はむにゃむにゃ兎の耳をかみながら、
「なまねこ、なまねこ、みんな山猫さまのおぼしめしどおり。なまねこ。」と云いながら、とうとう兎の両方の耳をたべてしまいました。
兎もそうきいていると、たいへんうれしくてボロボロ涙《なみだ》をこぼして云いました。
「なまねこ、なまねこ。ああありがたい、山猫さま。私《わたし》のような悪いものでも助かりますなら耳の二つやそこらなんでもございませぬ。なまねこ。」
狸もそら涙をボロボロこぼして
「なまねこ、なまねこ、私《わたくし》のようなあさましいものでも助かりますなら手でも足でもさしあげまする。ああありがたい山猫さま。みんなおぼしめしのまま。」と云いながら兎の手をむにゃむにゃ食べました。
兎はますますよろこんで、
「ああありがたや、山猫さま。私《わたくし》のようないくじないものでも助かりますなら手の二本やそこらはいといませぬ。なまねこ、なまねこ。」
狸はもうなみだで身体《からだ》もふやけそうに泣いたふりをしました。
「なまねこ、なまねこ。私《わたし》のようなとてもかなわぬあさましいものでも、お役にたてて下されますか。ああありがたや。なまねこなまねこ。おぼしめしのとおり。むにゃむにゃ。」
兎はすっかりなくなってしまいました。
そこで狸のおなかの中で云いました。
「すっかりだまされた。お前の腹の中はまっくろだ。ああくやしい。」
狸は怒《おこ》って云いました。
「やかましい。はやく消化しろ。」
そして狸はポンポコポンポンとはらつづみをうちました。
それから丁度二ヶ月たちました。ある日、狸は自分の家《うち》で、例のとおりありがたいごきとうをしていますと、狼《おおかみ》がお米を三|升《じょう》さげて来て、どうかお説教をねがいますと云いました。
そこで狸は云いました。
「みんな山ねこさまのおぼしめしじゃ。お前がお米を三升もって来たのも、わしがお前に説教するのもじゃ。山ねこさまはありがたいお方じゃ。兎はおそばに参って、大臣になられたげな。お前もものの命をとったことは、五百や千では利《き》くまいに、早うざんげさっしゃれ。でないと山ねこさまにえらい責苦《せめく》にあわされますぞい。おお恐《おそ》ろしや。なまねこ。なまねこ。」
狼はおびえあがって、きょろきょろしながらたずねました。
「そんならどうしたら助かりますか
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