それから私をふり向いて私の腕《うで》を押《おさ》えてしまいました。
「さあ、見ろ、どうだ。」
私は向うを見ました。あのまっ赤な火のような崖だったのです。私はまるで頭がしいんとなるように思いました。そんなにその崖が恐《おそ》ろしく見えたのです。
「下の方ものぞかしてやろうか。」理助は云いながらそろそろと私を崖のはじにつき出しました。私はちらっと下を見ましたがもうくるくるしてしまいました。
「どうだ。こわいだろう。ひとりで来ちゃきっとここへ落ちるから来年でもいつでもひとりで来ちゃいけないぞ。ひとりで来たら承知しないぞ。第一みちがわかるまい。」
理助は私の腕をはなして大へん意地の悪い顔つきになって斯《こ》う云いました。
「うん、わからない。」私はぼんやり答えました。
すると理助は笑って戻りました。
それから青ぞらを向いて高く歌をどなりました。
さっきの蕈を置いた処へ来ると理助はどっかり足を投げ出して座《すわ》って炭俵をしょいました。それから胸で両方から縄《なわ》を結んで言いました。
「おい、起して呉《く》れ。」
私はもうふところへ一杯《いっぱい》にきのこをつめ羽織を風呂敷《ふろしき》包《づつ》みのようにして持って待っていましたが斯う言われたので仕方なく包みを置いてうしろから理助の俵を押してやりました。理助は起きあがって嬉《うれ》しそうに笑って野原の方へ下りはじめました。私も包みを持ってうれしくて何べんも「ホウ。」と叫《さけ》びました。
そして私たちは野原でわかれて私は大威張《おおいば》りで家に帰ったのです。すると兄さんが豆《まめ》を叩《たた》いていましたが笑って言いました。
「どうしてこんな古いきのこばかり取って来たんだ。」
「理助がだって茶いろのがいいって云ったもの。」
「理助かい。あいつはずるさ。もうはぎぼだしも過ぎるな。おれもあしたでかけるかな。」
私は又ついて行きたいと思ったのでしたが次の日は月曜ですから仕方なかったのです。
そしてその年は冬になりました。
次の春理助は北海道の牧場へ行ってしまいました。そして見るとあすこのきのこはほかに誰《たれ》かに理助が教えて行ったかも知れませんがまあ私のものだったのです。私はそれを兄にもはなしませんでした。今年こそ白いのをうんととって来て手柄《てがら》を立ててやろうと思ったのです。
そのうち九月になりました。私ははじめたった一人で行こうと思ったのでしたがどうも野原から大分|奥《おく》でこわかったのですし第一どの辺だったかあまりはっきりしませんでしたから誰か友だちを誘《さそ》おうときめました。
そこで土曜日に私は藤原|慶次郎《けいじろう》にその話をしました。そして誰にもその場所をはなさないなら一緒《いっしょ》に行こうと相談しました。すると慶次郎はまるでよろこんで言いました。
「楢渡なら方向はちゃんとわかっているよ。あすこでしばらく木炭《すみ》を焼いていたのだから方角はちゃんとわかっている。行こう。」
私はもう占《し》めたと思いました。
次の朝早く私どもは今度は大きな籠《かご》を持ってでかけたのです。実際それを一ぱいとることを考えると胸がどかどかするのでした。
ところがその日は朝も東がまっ赤でどうも雨になりそうでしたが私たちが柏の林に入ったころはずいぶん雲がひくくてそれにぎらぎら光って柏の葉も暗く見え風もカサカサ云って大へん気味が悪くなりました。
それでも私たちはずんずん登って行きました。慶次郎は時々向うをすかすように見て
「大丈夫《だいじょうぶ》だよ。もうすぐだよ。」と云うのでした。実際山を歩くことなどは私よりも慶次郎の方がずうっとなれていて上手でした。
ところがうまいことはいきなり私どもははぎぼだしに出《で》っ会《く》わしました。そこはたしかに去年の処ではなかったのです。ですから私は
「おい、ここは新らしいところだよ。もう僕《ぼく》らはきのこ山を二つ持ったよ。」と言ったのです。すると慶次郎も顔を赤くしてよろこんで眼《め》や鼻や一緒になってどうしてもそれが直らないという風でした。
「さあ、取ってこう。」私は云いました。そして白いのばかりえらんで二人ともせっせと集めました。昨年のことなどはすっかり途中で話して来たのです。
間もなく籠が一ぱいになりました。丁度そのときさっきからどうしても降りそうに見えた空から雨つぶがポツリポツリとやって来ました。
「さあぬれるよ。」私は言いました。
「どうせずぶぬれだ。」慶次郎も云いました。
雨つぶはだんだん数が増して来てまもなくザアッとやって来ました。楢の葉はパチパチ鳴り雫《しずく》の音もポタッポタッと聞えて来たのです。私と慶次郎とはだまって立ってぬれました。それでもうれしかったのです。
ところが雨はまもなくぱたっとや
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