と下の方の野原でたった一人|野葡萄《のぶだう》を喰べてゐましたら馬番の理助が欝金《うこん》の切れを首に巻いて木炭《すみ》の空俵をしょって大股《おほまた》に通りかかったのでした。そして私を見てずゐぶんな高声で言ったのです。
「おいおい、どこからこぼれて此処《ここ》らへ落ちた? さらはれるぞ。蕈《きのこ》のうんと出来る処へ連れてってやらうか。お前なんかには持てない位蕈のある処へ連れてってやらうか。」
 私は「うん。」と云《い》ひました。すると理助は歩きながら又言ひました。
「そんならついて来い。葡萄などもう棄《す》てちまへ。すっかり唇《くちびる》も歯も紫になってる。早くついて来い、来い。後《おく》れたら棄てて行くぞ。」
 私はすぐ手にもった野葡萄の房を棄ていっしんに理助について行きました。ところが理助は連れてってやらうかと云っても一向私などは構はなかったのです。自分だけ勝手にあるいて途方もない声で空に噛ぶり[#「噛ぶり」に傍点]つくやうに歌って行きました。私はもうほんたうに一生けんめいついて行ったのです。
 私どもは柏《かしは》の林の中に入りました。
 影がちらちらちらちらして葉はうつくし
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