鳥箱先生とフウねずみ
宮沢賢治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)云《い》ふ
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)正面|丈《だ》けが
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あるうちに一つの鳥かごがありました。
鳥かごと云《い》ふよりは、鳥箱といふ方が、よくわかるかもしれません。それは、天井と、底と、三方の壁とが、無暗《むやみ》に厚い板でできてゐて、正面|丈《だ》けが、針がねの網でこさへた戸になってゐました。
そして小さなガラスの窓が横の方についてゐました。ある日一|疋《ぴき》の子供のひよどりがその中に入れられました。ひよどりは、そんなせまい、くらいところへ入れられたので、いやがってバタバタバタバタしました。
鳥かごは、早速、
「バタバタ云っちゃいかん。」と云ひました。ひよどりは、それでも、まだ、バタバタしてゐましたが、つかれてうごけなくなると、こんどは、おっかさんの名を呼んで、泣きました。鳥かごは、早速、「泣いちゃいかん。」と云ひました。この時、とりかごは、急に、ははあおれは先生なんだなと気がつきました。なるほど、さう気がついて見ると、小さなガラスの窓は、鳥かごの顔、正面の網戸が、立派なチョッキと云ふわけでした。いよいよさうきまって見ると、鳥かごは、もう、一分もじっとしてゐられませんでした。そこで
「おれは先生なんだぞ。鳥箱先生といふんだぞ。お前を教育するんだぞ。」と云ひました。ひよどりも仕方なく、それからは、鳥箱先生と呼んでゐました。
けれども、ひよどりは、先生を大嫌《だいきら》ひでした。毎日、じっと先生の腹の中に居るのでしたが、もう、それを見るのもいやでしたから、いつも目をつぶってゐました。目をつぶっても、もしか、ひょっと、先生のことを考へたら、もうむねが悪くなるのでした。ところが、そのひよどりは、ある時、七日といふもの、一つぶの粟《あは》も貰《もら》ひませんでした。みんな忘れてゐたのです。そこで、もうひもじくって、ひもじくって、たうとう、くちばしをパクパクさせながら、死んでしまひました。
鳥箱先生も
「あゝ哀れなことだ」と云ひました。その次に来たひよどりの子供も、丁度その通りでした。たゞ、その死に方が、すこし変ってゐただけです。それは腐った水を貰った為《ため》に、赤痢になったのでした。
その次に来たひよどりの子供は、あんまり空や林が恋しくて、たうとう、胸がつまって死んでしまひました。
四番目のは、先生がある夏、一寸《ちょっと》油断をして網のチョッキを大きく開けたまゝ、睡《ねむ》ってゐるあひだに、乱暴な猫《ねこ》大将が来て、いきなりつかんで行ってしまったのです。鳥箱先生も目をさまして、
「あっ、いかん。生徒をかへしなさい。」と云ひましたが、猫大将はニヤニヤ笑って、向ふへ走って行ってしまひました。鳥箱先生も
「あゝ哀れなことだ。」と云ひました。しかし鳥箱先生は、それからはすっかり信用をなくしました。そしていきなり物置の棚《たな》へ連れて来られました。
「ははあ、こゝは、大へん、空気の流通が悪いな。」と鳥箱先生は云ひながら、あたりを見まはしました。棚の上には、こはれかゝった植木鉢《うゑきばち》や、古い朱塗りの手桶《てをけ》や、そんながらくたが一杯でした。そして鳥箱先生のすぐうしろに、まっくらな小さな穴がありました。
「はてな。あの穴は何だらう。獅子《しし》のほらあなかも知れない。少くとも竜のいはやだね。」と先生はひとりごとを言ひました。
それから、夜になりました。鼠《ねずみ》が、その穴から出て来て、先生を一寸《ちょっと》かじりました。先生は大へんびっくりしましたが、無理に心をしづめてかう云ひました。
「おいおい。みだりに他人をかじるべからずといふ、カマジン国の王様の格言を知らないか。」
鼠はびっくりして、三歩ばかりあとへさがって、ていねいにおじぎをしてから申しました。
「これは、まことにありがたいお教へでございます。実に私の肝臓までしみとほります。みだりに他人をかじるといふことは、ほんたうに悪いことでございます。私は、去年、みだりに金づちさまをかじりましたので、前歯を二本欠きました。又、今年の春は、みだりに人間の耳を噛《か》じりましたので、あぶなく殺されようとしました。実にかたじけないおさとしでございます。ついては、私のせがれ、フウと申すものは、誠におろかものでございますが、どうか毎日、お教へを戴《いただ》くやうに願はれませんでございませうか。」
「うん。とにかく、その子をよこしてごらん。きっと、立派にしてあげるから。わしはね。今こそこんな処へ来てゐるが、前は、それはもう、硝子《ガラス》でこさへた立派な家の中に居たんだ。ひよどりを、四人も育てて教へてやったんだ。どれもみんな、はじ
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