それを両手で起して、川へバチャンと投げました。石はすぐ沈《しず》んで水の底へ行き、ことにまっ白に少し青白く見えました。私はそれが又何とも云えず悲しいように思ったのです。
その時でした。俄かにそらがやかましくなり、見上げましたら一むれの百舌が私たちの頭の上を過ぎていました。百舌はたしかに私たちを恐れたらしく、一段高く飛びあがって、それから楊を二本越えて、向うの三本目の楊を通るとき、又何かに引っぱられたように、いきなりその中に入ってしまいました。
けれどももう、私も慶次郎も、その木の中でもずが死ぬとは思いませんでした。慶次郎は本気に石を投げたのでしたが、百舌は一ぺんにとびあがりました。向うの低い楊の木からも、やかましく鳴いてさっきの鳥がとび立ちました。私はほんとうにさびしくなってもう帰ろうと思いました。
「どこかに、けれど、ほんとうの木はあるよ。」
慶次郎は云いました。私もどこかにあるとは思いましたが、この川には決してないと思ったのです。
「外《ほか》へ行って見よう。野原のうち、どこか外の処《とこ》だよ。外へ行って見よう。」私は云いました。慶次郎もだまってあるき出し、私たちは河原から岸の草はらの方へ出ました。
それから毒ヶ森の麓《ふもと》の黒い松林《まつばやし》の方へ向いて、きつねのしっぽのような茶いろの草の穂をふんで歩いて行きました。
そしたら慶次郎が、ちょっとうしろを振《ふ》り向いて叫びました。
「あ、ごらん、あんなに居たよ。」
私もふり向きました。もずが、まるで千疋ばかりも飛びたって、野原をずうっと向うへかけて行くように見えましたが、今度も又、俄かに一本の楊の木に落ちてしまいました。けれども私たちはもう何も云いませんでした。鳥を吸い込む楊の木があるとも思えず、又鳥の落ち込みようがあんまりひどいので、そんなことが全くないとも思えず、ほんとうに気持ちが悪くなったのでした。
「もうだめだよ。帰ろう。」私は云いました。そして慶次郎もだまってくるっと戻《もど》ったのでした。
けれどもいまでもまだ私には、楊の木に鳥を吸い込む力があると思えて仕方ないのです。
底本:「新編 風の又三郎」新潮文庫、新潮社
1989(平成元)年2月25日発行
1989(平成元)年6月10日2刷
底本の親本:「新修宮沢賢治全集 第九巻」筑摩書房
1979(昭和54)年7月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2007年2月18日作成
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