私が云いましたら慶次郎も心配そうに向うの方からずうっとならんでいる木を一本ずつ見ていました。
 野原には風がなかったのですが空には吹《ふ》いていたと見えてぎらぎら光る灰いろの雲が、所々|鼠《ねずみ》いろの縞《しま》になってどんどん北の方へ流れていました。
「鳥が来なくちゃわからないねえ。」慶次郎が又云いました。
「うん、鷹《たか》か何か来るといいねえ。木の上を飛んでいて、きっとよろよろしてしまうと僕はおもうよ。」
「きまってらあ、殺生石《せっしょうせき》だってそうだそうだよ。」
「きっと鳥はくちばしを引かれるんだね。」
「そうさ。くちばしならきっと磁石にかかるよ。」
「楊の木に磁石があるのだろうか。」
「磁石だ。」
 風がどうっとやって来ました。するといままで青かった楊の木が、俄《にわ》かにさっと灰いろになり、その葉はみんなブリキでできているように変ってしまいました。そしてちらちらちらちらゆれたのです。
 私たちは思わず一緒《いっしょ》に叫んだのでした。
「ああ磁石だ。やっぱり磁石だ。」
 ところがどうしたわけか、鳥は一向来ませんでした。
 慶次郎は、いかにもその鷹やなにかが楊の木に嘴《くちばし》を引っぱられて、逆《さかさ》になって木の中に吸い込《こ》まれるのを見たいらしく、上の方ばかり向いて歩きましたし、私もやはりその通りでしたから、二人はたびたび石につまづいて、倒《たお》れそうになったり又いきなりバチャンと川原の中のたまり水にふみ込んだりもしました。
「どうして今日は斯《こ》う鳥がいないだろう。」
 慶次郎は、少し恨《うら》めしいように空を見まわしました。
「みんなその楊の木に吸われてしまったのだろうか。」私はまさかそうでもないとは思いながら斯う言いました。
「だって野原中の鳥が、みんな吸いこまれるってそんなことはないだろう。」慶次郎がまじめに云いましたので私は笑いました。
 その時、こっち岸の河原は尽《つ》きてしまって、もっと川を溯るには、どうしてもまた水を渉らなければならないようになりました。
 そして水に足を入れたとき、私たちは思わずばあっと棒立ちになってしまいました。向うの楊の木から、まるでまるで百|疋《ぴき》ばかりの百舌《もず》が、一ぺんに飛び立って、一かたまりになって北の方へかけて行くのです。その塊《かたまり》は波のようにゆれて、ぎらぎらする雲の下を行きましたが、俄かに向うの五本目の大きな楊の上まで行くと、本当に磁石に吸い込まれたように、一ぺんにその中に落ち込みました。みんなその梢《こずえ》の中に入ってしばらくがあがあがあがあ鳴いていましたが、まもなくしいんとなってしまいました。
 私は実際変な気がしてしまいました。なぜならもずがかたまって飛んで行って、木におりることは、決してめずらしいことではなかったのですが、今日のはあんまり俄かに落ちたし事によると、あの馬を引いた人のはなしの通り木に吸い込まれたのかも知れないというのですから、まったくなんだか本当のような偽《うそ》のような変な気がして仕方なかったのです。
 慶次郎もそうなようでした。水の中に立ったまま、しばらく考えていましたが、気がついたように云いました。
「今のは吸い込まれたのだろうか。」
「そうかも知れないよ。」どうだかと思いながら私は生返事《なまへんじ》をしました。
「吸い込まれたのだねえ、だってあんまり急に落ちた。」慶次郎も無理にそうきめたいと云う風でした。
「もう死んだのかも知れないよ。」私は又どうもそうでもないと思いながら云いました。
「死んだのだねえ、死ぬ前苦しがって泣いた。」慶次郎が又|斯《こ》うは云いましたが、やっぱり変な顔をしていました。
「石を投げて見ようか。石を投げても遁《に》げなかったら死んだんだ。」
「投げよう。」慶次郎はもう水の中から円い平たい石を一つ拾っていました。そして力一ぱいさっきの楊の木に投げつけました。石はその半分も行きませんでしたが、百舌はにわかにがあっと鳴って、まるで音譜《おんぷ》をばらまきにしたように飛びあがりました。
 そしてすぐとなりの少し低い楊の木の中にはいりました。すっかりさっきの通りだったのです。
「生きていたねえ、だまってみんな僕たちのこと見てたんだよ。」慶次郎はがっかりしたようでした。
「そうだよ。石が届かないうちに、みんな飛んだもねえ。」私も答えながらたいへん寂しい気がして向うの河原に向って又水を渉りはじめました。
 私たちは河原にのぼって、砥石《といし》になるような柔《やわ》らかな白い円い石を見ました。ほんとうはそれはあんまり柔らかで砥石にはならなかったかも知れませんが、とにかく私たちはそう云う石をよく砥石と云って外《ほか》の硬《かた》い大きな石に水で擦《こす》って四角にしたものです。慶次郎は
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