鳥をとるやなぎ
宮沢賢治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)煙山《けむやま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)藤原|慶次郎《けいじろう》
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「煙山《けむやま》にエレッキのやなぎの木があるよ。」
 藤原|慶次郎《けいじろう》がだしぬけに私に云《い》いました。私たちがみんな教室に入って、机に座《すわ》り、先生はまだ教員室に寄っている間でした。尋常《じんじょう》四年の二学期のはじめ頃《ごろ》だったと思います。
「エレキの楊《やなぎ》の木?」と私が尋《たず》ね返そうとしましたとき、慶次郎はあんまり短くて書けなくなった鉛筆《えんぴつ》を、一番前の源吉に投げつけました。源吉はうしろを向いて、みんなの顔をくらべていましたが、すばやく机に顔を伏《ふ》せて、両手で頭をかかえてかくれていた慶次郎を見つけると、まるで怒《おこ》り出して
「何するんだい。慶次郎。何するんだい。」なんて高く叫《さけ》びました。みんなもこっちを見たので私も大へんきまりが悪かったのです。その時先生が、鞭《むち》や白墨《はくぼく》や地図を持って入って来られたもんですから、みんなは俄《にわ》かにしずかになって立ち、源吉ももう一遍《いっぺん》こっちをふりむいてから、席のそばに立ちました。慶次郎も顔をまっ赤にしてくつくつ笑いながら立ちました。そして礼がすんで授業がはじまりました。私は授業中もそのやなぎのことを早く慶次郎に尋ねたかったのですけれどもどう云うわけかあんまり聞きたかったために云い出し兼ねていました。それに慶次郎がもう忘れたような顔をしていたのです。
 けれどもその時間が終り、礼も済んでみんな並《なら》んで廊下《ろうか》へ出る途中《とちゅう》、私は慶次郎にたずねました。
「さっきの楊の木ね、煙山の楊の木ね、どうしたって云うの。」
 慶次郎はいつものように、白い歯を出して笑いながら答えました。
「今朝|権兵衛《ごんべえ》茶屋のとこで、馬をひいた人がそう云っていたよ。煙山の野原に鳥を吸い込《こ》む楊の木があるって。エレキらしいって云ったよ。」
「行こうじゃないか。見に行こうじゃないか。どんなだろう。きっと古い木だね。」私は冬によくやる木片《もくへん》を焼いて髪毛《かみのけ》に擦《こす》るとごみを吸い取ることを考えながら云いました。
「行こう。今日|僕《ぼく》うち
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