ないんだ。」
「ぼくもさうだ。もうあんまりあるきたくないな。」
「あるきたくないよ。あゝ困つたなあ、何かたべたいなあ。」
「喰べたいもんだなあ」
二人の紳士は、ざわざわ鳴るすゝきの中で、こんなことを云ひました。
その時ふとうしろを見ますと、立派な一軒の西洋造りの家がありました。
そして玄関には
[#ここから4字下げ、横書き、中央揃え、罫囲み]
RESTAURANT
西洋料理店
WILDCAT HOUSE
山猫軒
[#ここで字下げ終わり]
といふ札がでてゐました。
「君、ちやうどいゝ。こゝはこれでなかなか開けてるんだ。入らうぢやないか」
「おや、こんなとこにをかしいね。しかしとにかく何か食事ができるんだらう」
「もちろんできるさ。看板にさう書いてあるぢやないか」
「はいらうぢやないか。ぼくはもう何か喰べたくて倒れさうなんだ。」
二人は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸の煉瓦《れんぐわ》で組んで、実に立派なもんです。
そして硝子《がらす》の開き戸がたつて、そこに金文字でかう書いてありました。
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「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
[#ここで字下げ終わり]
二人はそこで、ひどくよろこんで言ひました。
「こいつはどうだ、やつぱり世の中はうまくできてるねえ、けふ一日なんぎしたけれど、こんどはこんないゝこともある。このうちは料理店だけれどもたゞでご馳走《ちそう》するんだぜ。」
「どうもさうらしい。決してご遠慮はありませんといふのはその意味だ。」
二人は戸を押して、なかへ入りました。そこはすぐ廊下になつてゐました。その硝子戸の裏側には、金文字でかうなつてゐました。
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「ことに肥《ふと》つたお方や若いお方は、大歓迎いたします」
[#ここで字下げ終わり]
二人は大歓迎といふので、もう大よろこびです。
「君、ぼくらは大歓迎にあたつてゐるのだ。」
「ぼくらは両方兼ねてるから」
ずんずん廊下を進んで行きますと、こんどは水いろのペンキ塗りの扉《と》がありました。
「どうも変な家《うち》だ。どうしてこんなにたくさん戸があるのだらう。」
「これはロシア式だ。寒いとこや山の中はみんなかうさ。」
そして二人はその扉をあけようとしますと、上に黄いろな字でかう書いてありました。
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「当軒は注文の多
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